もう深海探査艇を造れない?日本の海洋調査研究が危うい

しんかい6500 その他
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しんかい6500の後継を

四方を海に囲まれている以上、日本は海洋国家として周辺の海を守り、その環境を調査および研究せねばなりません。これは学術的な意味合いはもちろん、水産・鉱物資源という経済面での利益、対潜水艦戦における優位性の確保という軍事目的もあります。

日本列島は鉱物の「種類」こそ豊富なれど、資源量は決して多くはなく、海底資源の活用が期待されてきました。こうした海洋調査には深海探査艇が欠かせず、日本では海洋研究開発機構(JAMSTEC)の下、周辺海域の研究を進めてきました。

1989年には「しんかい6500」を造り、最大深度6,527mを達成するとともに、1700回以上の潜航実績を誇ります。深度6,500mといえば、「1㎠」に対して約650kgの水圧が加わり、最新鋭の原子力潜水艦でも耐えられません。

  • 基本性能:しんかい6500
全 長 9.7m
全 幅 2.7m
全 高 3.2m
乗 員 操縦手×2
研究者×1
潜航深度 6,500m(理論上は10,000m)
潜航時間 8〜9時間
速 力 2.7ノット(時速5km)
建造費 約125億円(当時)

深海探査艇を独自運用できる国は少なく、その高い安全性と実績をふまえると、まさに技術の結晶といえるでしょう。それは生態系や資源調査のみならず、地震のメカニズム解明にも役立ち、東日本大震災ではプレートの裂け目を発見しました。

現在も重要性は変わらないとはいえ、2040年までに寿命を迎えることから、そろそろ後継を考えねばなりません。ところが、日本は「しんかい6500」の登場以降、技術開発に十分な投資を行わず、いまや新型探査艇を造れるか怪しい状況です。

2015年には「しんかい12000」の構想が浮かび、最大2日間は潜れる性能を志向しました。しかし、最終的には予算が下りず、その開発計画は進んでいません。

一方、「しんかい6500」は三菱重工業が開発したものの、当時の技術者は引退しているうえ、需要のなさから生産設備もなくなりました。具体的に言うと、チタン製の耐圧殻が造れず、その技術は失われてしまいました。

似た話として、戦艦大和の建造を試みた場合、主砲は技術的に製造できず、ロストテクノロジーとされています。

さらに、部品の多くが特注品であるため、交換用のパーツを入手するのが難しく、このままでは引退が前倒しになります。

民間企業である限り、あまり使わない設備は無駄でしかなく、これは三菱重工の責任ではありません。あくまで国が投資を怠ったからであって、結果的に技術の進歩どころか、その維持すら危うくなりました。

当面は「しんかい6500」の孤軍奮闘が続くも、部品交換さえできないとなると、2030年頃には使用停止になるかもしれません。

なお、母船で支援業務を行う「よこすか」も老朽化が進み、むしろ先に限界を迎えそうです。ようやく後継船を建造するべく、2026年には予算が計上されますが、その就役は早くて2030年以降でしょう。

停滞中に中国に抜かれた

結局のところ、新たな調査艇と支援母船が必要ですが、現状では研究開発費が足りておらず、時間とともに技術が失われつつあります。海洋国家であるにもかかわらず、人材育成と技術開発への投資を惜しみ、いまでは中国に余裕で抜かれました。

あまり知られていませんが、有人調査艇では中国がリードを奪い、2020年には11,000m(マリアナ海溝)まで潜りました。「アリとキリギリス」の寓話を考えると、この遅れは簡単には取り戻せず、国をあげての開発が求められます。

さすがに危機感を覚えたのか、文部科学省は無人探査艇の開発を急ぎ、海底観測装置と組み合わせながら、現在の調査能力を維持するつもりです。たとえば、JAMSTECは「うらしま8000」という無人探査機を造り、超深海帯の深度8,000mまで到達しました。

従来型の有人探査艇ではなく、水中無人機にシフトした形ですが、これは昨今の無人化トレンドに加えて、前述のように技術面で心許ないからでしょう。

深海探査艇に限らず、どんな技術も一度失われると、その再建は決して容易ではなく、とてつもない労力と時間がかかります。あのアメリカでさえ、冷戦後に造船業でサボった結果、中国との建艦競争で遅れをとり、復活が絶望視されているありさまです。

日本が衰退傾向にあって、リソースが限られている点をふまえると、思い切って無人化するのも悪くはありません。

しかしながら、無人探査機で完全代替できるかは分からず、海洋国家として有人探査艇の技術を失うのは痛手です。

ここ30年の投資不足がひびき、日本では学術分野から産業にいたるまで、いろんな点で問題が表面化していますが、海洋研究でも同様になるでしょう。

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