成層圏も楽勝?U-2偵察機とは

アメリカ軍
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東西冷戦が生んだ「ドラゴンレディ」

20世紀初頭に登場して以来、航空機は軍隊にとって欠かせない存在になりましたが、特に偵察任務においては気球や騎兵よりもはるか遠方までカバーできることから雲泥の差をもたらしました。こうした利点から第一次世界大戦、そして第二次世界大戦では各国とも敵情把握に偵察機を投入していて、特に太平洋戦争では相手空母を先に発見した側が優位性を確保できたため、偵察機の成否が勝敗の要因でもあったのです。

その後、米ソ冷戦が始まるとカメラの性能が飛躍的に向上したこともあって、迎撃機が到達できない高高度での偵察飛行が平時から行われるわけですが、この高高度偵察を目的にアメリカで開発されたのが今も現役の「U-2ドラゴンレディ」になります。

⚪︎基本性能:U-2 S(現役)

全 長19.13m
全 幅31.39m
全 高4.88m
乗 員1名
速 度最高マッハ0.7
(時速760km)
航続距離11,200km
滞空時間12時間
高 度最大24,000m
価 格1機あたり約90億円(当時)

U-2偵察機は秘密に包まれたソ連領を偵察する目的で開発された機体ですが、面白いことに開発資金はアメリカ空軍ではなくCIAが出しています。最大の特徴は高度2万メートル以上の成層圏を飛行できる点で、これは通常の旅客機が飛行する倍の高さに相当するだけでなく、当時のソ連が持っていた戦闘機では到達できない高度です。

しかし、空気の薄い高高度を飛行するには他の航空機とは異なる設計が求められ、細い機体でありながら成層圏でも十分な揚陸を発生させられる30m以上の長い翼が採用されました。この特殊な設計によって高高度飛行時におけるU-2の最高速度と失速速度の差はわずか18kmしかなく、世界一操縦が難しい飛行機の異名を獲得しました。また、着陸時は長い翼のおかげで機体が浮き上がりやすく、翼の両端が地面に接触しないように支援車両が滑走路を走りながら誘導します。

支援車両がU-2を追走しながら無線で着陸を誘導する(出典:アメリカ空軍)

高高度飛行を目的とするU-2はあらゆる点で軽量化が図かられ、装備面でも高性能カメラなどの偵察機材を除けば飛行に必要最低限のものしか搭載されていません。そして、1名しか乗り込まない機体にはトイレすらなく、パイロットは宇宙服のような特殊スーツを装着してチューブを介しながらトイレを行います。ちなみに、食事も全てチューブ経由でとりますが、ヘルメットを付けたままでも食べられるように数個の穴が設けられています。

優れた偵察能力と意外に高い運用リスク

さて、偵察機として最も重要な偵察能力については高高度からの撮影にもかかわらず、高性能な光学カメラを使うことで極めて精密な航空写真が撮れます。例えば、キューバ危機の発端となったソ連製ミサイルの配備もU-2による高高度からの撮影で発覚していて、写真を見たアメリカの関係者は運び込まれたミサイルの種類まで特定できたほどです。

赤丸で囲った部分が偵察用のカメラ(出典:アメリカ空軍)

一方、当時の戦闘機が到達できない高高度を飛行するので安心して偵察できるように思えますが、実際には対空ミサイルによって結構な数がソ連と中国によって撃墜されており、操縦の難しさに加えてこうした撃墜リスクも伴うU-2の偵察任務はかなり危険なものでした。

軽量化を目指した代償として自衛機能すら与えられていないU-2は機体そのものも頑丈ではなく、パイロットスーツは高高度からの脱出も考慮しているものの、敵領奥深くでの墜落と偵察任務という性質から冷戦期は自殺用の青酸カリが配布されていたそうです。

古いけど、低コストが好まれて現役続投へ

こうした冷戦期と比べて中身が大幅にアップグレードされた現在のU-2は、高度な電子・光学センサーの搭載によって目標近辺を飛行するだけで高精度の情報を獲得できるようになり、以前のように領空侵犯をしてまで目標上空を飛ばなくて済むので運用上のリスクは下がりました。

とはいえ、人工衛星や無人機による偵察が盛んな現代で操縦が難しいU-2をわざわざ使い続ける理由は何でしょうか。

まず、技術進歩によって人工衛星でも高い精度の偵察は可能となりましたが、それでも目標付近まで飛行して正確な情報を集められる航空機には敵わないのが現状です。また、撃墜されても人命喪失のリスクがない無人機も、整備や飛行時にかかるコストが意外に高く、古いU-2を使った方が低コストで合理的というケースが存在します。例えば、U-2偵察機の後継として登場した無人偵察機「グローバル・ホーク」は優れた性能を有するものの、維持費を含めて単価は約140億円にものぼります。

U-2ドラゴンレディと後継機のグローバルホーク(出典:アメリカ空軍)

さらに、U-2が人工衛星と無人機の双方に勝るのが「搭載力」で、多くの偵察機材を装備できることに加えて、任務に応じた変更も可能です。これに対して人工衛星は一度打ち上げたら機材変更はできず、グローバル・ホークもU-2ほどは融通が効きません。

このように古くて操縦性が悪いU-2ですが、後継のグローバル・ホークが高コストという難点を抱えている限りは費用対効果に優れた情報収集手段としては未だ利用価値があり、米空軍で現役の20機は今後も改修しながら2050年頃まで運用される見通しです。

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