対立する理由がない両国
日本が対中国戦略を進めるうえで、アメリカとの同盟は言うまでもなく、その他との準同盟が欠かせません。その筆頭候補にオーストラリア、イギリスが並ぶなか、インドとの安全保障関係も重要です。
インドの人口（14.2億）は中国より大きく、世界最大の民主主義国家であるほか、急成長を遂げて存在感を高めています。その国力と経済的ポテンシャルは無視できず、対中国で期待したくなるのは当たり前でしょう。
しかも、日印は距離が離れている分、ほとんど利害の衝突がなく、経済を中心に友好関係を築いてきました。
日本の立場で見ると、インドは市場としての魅力はもちろん、シーレーンの途中にある大国です。日本の海上輸送路はアジアを経ながら、中東とヨーロッパまで伸び、かなりの部分がインド洋を通ります。
まさに海上交通の命運を握り、戦略的位置にいるわけですが、幸いにも中国とは違って、いまのインドに軍事的な野心は見られず、日本とインドが対立する理由はありません。
このような背景もあってか、日印両国の協力関係は年々深まり、2014年には戦略的グローバル・パートナーに格上げしました。その結果、インドは最大規模のODA対象国になり、高速鉄道などの国家建設に日本企業が参画しています。
深まる防衛協力
こうした協力関係は安全保障にもおよび、外務・防衛大臣の会談を定例化するべく、2019年には初の「2プラス2」が開催されました。両国の安全保障に関する協議ですが、通常より重要な相手という証です。
また、自衛隊とインド軍の共同訓練が定着するなか、2020年には「物品役務相互提供協定（ACSA）」を結び、訓練や災害時に物資・労力を融通しやすくなりました。
2024年には協力深化がさらに進み、安全保障に関する共同宣言の見直しを通して、宇宙・サイバー分野での連携強化、通信アンテナのような装備品の輸出を目指します。
日印共同訓練の様子（出典：防衛省）
なお、日印両国は自由と民主主義、法の支配を擁護するべく、アメリカ・オーストラリアとともに「クワッド（QUAD）」を組み、さまざまな分野で協力してきました。
ここ最近は従来の経済分野に加えて、新たに安保面での協力が目立ち、その裏に「対中国」があるのは間違いありません。
あまり期待はできないが
ここまでふまえると、日本とインドは「準同盟」に向かい、そう動いているように見えます。
しかし、対中国で基本的な方向性は一致すれども、両国に温度差があるのは否めません。
同じクワッド仲間のオーストラリアに比べると、2プラス2や共同訓練の頻度は少なく、部隊間の円滑化協定がないなど、一周ほど協力のレベルが遅れています。
そもそも、クワッドは「対中国」の連携体制とはいえ、その実態は「ゆるい」枠組みにすぎず、日米豪とインドの間に温度差があります。インドは軍事面での深入りを避けており、現状では気候変動や宇宙・サイバーに軸を置き、当たり障りのない内容になりました。
微妙な温度差があるクワッド（出典：首相官邸）
では、なぜインドは積極性を欠くのか？
インドは中国の軍事大国化に懸念を抱き、隣国・スリランカに対する影響力の拡大、宿敵・パキスタンへの軍事支援を警戒してきました。そんな中国とは国境紛争を抱えており、よく双方の警備隊・軍隊が衝突しています。
そして、インド洋の盟主を自認する以上、インドは中国海軍の進出を歓迎せず、対抗して大規模な艦隊を整備中です。
ただ、いくら国境紛争があるとはいえ、ヒマラヤ山脈を越えて大規模な侵攻はできず、実際の脅威はそこまでありません ー 少なくとも感覚的には。中国海軍も西太平洋、南シナ海を優先する限り、インドを脅かせるだけの戦力は回せません。
同じ中国を脅威と認識していても、日米豪とインドでは温度差が否めず、その分だけ優先順位は低くなります。
さらに、インドが「非同盟・中立」の伝統に基づき、独自路線を貫くケースが多く、準同盟相手としては期待できません。ウクライナ侵攻を目の当たりにしても、ロシアとの友好関係を維持するなど、西側の自由主義陣営からは距離を置き、日本とはスタンスが違うのは明白です。
仮に台湾有事が起きても、インド海・空軍が来援する可能性は低く、直接的な関与は避けるでしょう。中国から国境紛争地帯の奪取を狙い、陸から少し突くぐらいはするかもしれませんが。
ともかく、日本もインドには過度な期待はせず、シーレーンが通るインド洋を抑えてもらい、あとは中印国境付近で中国に圧をかけたり、外交面での支援を確保するしかありません。
必要性の観点でいえば、インドは事実上の核保有国であって、日本とオーストラリアとは求めるものが異なります。
日豪がアメリカの核の傘に守ってもらい、米軍の増援を前提とするのに対して、インドは米軍の加勢を想定していません。あくまで技術・軍事物資の支援、情報共有ぐらいしか必要ありません。
言いかえると、本格的な軍事同盟ではなく、クワッド程度で十分なわけです。
危うい国内政情？
さて、日印両国は自由と民主主義など、基本的な価値を共有する前提ですが、本当にそうなのでしょうか？
インドは民主主義国家とはいえ、あの有名なカースト問題に始まり、女性・少数民族の立場が弱く、日本より人権問題が多いのは事実です。
このような不安材料を抱えるなか、近年は最大民族のヒンドゥー族を結束させながら、偉大なインドを築く「ヒンドゥー・ナショナリズム」が強まっています。
この動きは与党・インド人民党を支えており、その思想は現在のモディ政権にも反映されてきました。
こうしたイデオロギーは一歩間違えると、危険な排斥主義・全体主義に陥りやすく、自由と民主主義という「価値観」で手を結ぶならば、少なくとも注意はしておくべきです。
ここまでいろんな視点、背景を見てきましたが、この先も日本とインドは防衛協力を進めるものの、イギリス・オーストラリアのような「準同盟」までは到らず、かつてあった「協商関係」が限界でしょう。
すなわち、「友好国以上、準同盟未満」にとどまり、対中国では大きな期待を寄せてはいけません。
されど、別にインドを敵に回す理由はなく、日本のシーレーンが通る大国である以上、望める限りの関係性を維持すべきです。
あまり無理には進めず、利害が合う点では惜しみなく協力する。そのような関係性に落ち着くと思われます。
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