正規・非正規手段の併用
ウクライナ侵攻が国家間戦争であるのに対して、近年は「ハイブリッド戦争」という事態も登場しました。これは従来のように正規軍のみならず、武装市民や傭兵部隊、偽情報、サイバー攻撃なども使い、軍事と非軍事の境を不明瞭にしながら、複合的な手段で現状変更を試みます。
言いかえると、純然たる軍事侵攻とは思わせず、平時とも有事とも判断できないようにします。そして、相手が混乱している隙を突いて、さっさと目的を達成するというやり方です。
敵の正規軍が攻めてくれば、こちらも対処しやすいですが、これが所属不明の部隊、または得体の知れない集団になると、対応の複雑化は避けられません。正体が分からない以上、むやみには攻撃できず、その間に既成事実化してしまいます。
ハイブリッド「戦争」と呼ぶとはいえ、その狙いは純軍事的な勝利ではなく、自身に好都合な条件を作り、あまり戦わずして政治目的を達成することです。一般市民に混じりながら、姑息な手段をいろいろ使ってくるため、勝敗は従来型の戦場では決まらず、あらゆる領域で繰り広げられます。
伝統的な軍事侵攻と比べると、非常に巧妙で複雑な戦いになり、ひと言でいえば、ただただ「めんどう」です。
クリミア占領の具体例
有名な成功例をあげると、ロシアによるクリミア占領があります(2014年)。
クリミア半島はウクライナ領にもかかわらず、戦略的要衝のセヴァストポリ軍港を確保すべく、ロシアはクリミアへの侵攻・占領にふみ切りました。しかし、2022年の全面侵攻とは違い、素性を隠した部隊で侵入しながら、偽装市民や偽情報で世論戦を仕掛けました。
明らかにロシア軍とはいえ、兵士や車両には国籍を示す識別標がなく、ウクライナ側はよく分からないまま、クリミア占領の既成事実を作られてしまいます。
素性を隠したリトル・グリーン・メン
また、ウクライナ東部のドンバス地方でも、突然のごとく武装市民や反乱組織が湧き、なんだか状況がハッキリしないうちに、政府庁舎などの中枢が占拠されました。
クリミア半島にせよ、ドンバス地方にせよ、正体不明の兵士たちに加えて、なぜかロシアのパスポートを持ち、分離・独立を訴える市民と政治家が現れました。その結果、現地人たちは「ロシア寄り」とも映り、一定の正当性を作り出すとともに、外国からの批判をかわしました。
結末だけをみれば、ロシアはクリミアをほぼ無血占領、ドンバスも巧妙に入手した形になり、あまり自身の血を直接的に流すことなく、それなりの領土拡大に成功しました。
まさにハイブリッド戦争の手本ですが、それは効果の割にはコストが低く、あとでいろいろ言い逃れができるため、対外リスクも比較的低いといえるでしょう。実際のところ、ロシアは経済制裁を受けたとはいえ、懲罰といえるほどの効力を持たず、あざやかな成功体験になりました(その後、ウクライナ侵攻で死ぬが)。
民主主義国家に効果的?
このようにわざと曖昧な状況をつくり、相手に迷いを生じさせるわけですが、これは民主主義国家には効果があるものの、権威主義国家・独裁国家に対しては微妙です。
民主主義体制は世論に左右されやすく、混乱や不安で国民を揺さぶれば、国家政策にも影響を与えられます。また、法の支配を掲げる以上、やたら武力行使をするわけにはいかず、相手が不明瞭であったり、武装した民衆に化けていれば、なおさら慎重な対応が欠かせません。
一方、独裁国家は武力弾圧に走りやすく、国籍不明の部隊や武装市民が現れても、ロシアや中国はすぐさま鎮圧するでしょう。
民主国家が民意を尊重する限り、どうしても世論操作や心理戦には弱く、これらを使うハイブリッド戦争にも脆弱です。
グレーゾーン事態との違い
ところで、ハイブリッド戦争はグレーゾーン事態とはどう違うのか?
両者は似ているとはいえ、実際には微妙に異なります。
まず、グレーゾーン事態は「状況」のことであって、ハイブリッド戦争はあくまで「手法」を指します。平時と有事、軍事と非軍事の狭間という意味では、どちらも同じですが、グレーゾーンという「事態」を生み出すべく、ハイブリッド戦争という「手段」を用いるイメージです。

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