正規・非正規手段の併用
ウクライナ侵攻が国家間戦争なのに対して、近年は「ハイブリッド戦争」なる事態が登場しました。
これは従来のように正規軍だけではなく、武装市民や傭兵部隊、偽情報、サイバー攻撃などを使い、軍事と非軍事の境界を不明瞭にしながら、複合的な手段で現状変更を試みます。
言いかえると、純然たる軍事侵攻とは思わせず、平時とも有事とも判断できないようにします。そして、相手が混乱しているスキを突いて、すばやく目的を達成するやり方です。
敵の正規軍が攻めてくれば、こちらも対処しやすいものの、これが所属不明の部隊、あるいは得体の知れない集団しょうたになると、対応の複雑化は避けられません。相手の正体が分からない以上、むやみやたらには攻撃できず、その間に既成事実化してしまいます。
実際のハイブリッド戦争は「平時」に始まり、まずは心理戦と情報戦を仕掛けながら、社会の分断と相手国の信用失墜を狙います。このとき、SNSなどのツールを通して、偽情報やプロパガンダをばら撒き、混乱の頃合いを見計らってから、サイバー攻撃に移行する仕組みです。
サイバー攻撃では政府機関とともに、主に通信インフラの設備を狙い、社会混乱を一気に増幅させます。最終的に軍隊を投入するにしても、そこに正体不明の兵士を混ぜ込み、相手の判断能力をかき乱します。
ハイブリッド「戦争」と呼ぶとはいえ、その狙いは純軍事的な勝利ではなく、自身に好都合な条件をつくり、あまり戦わずして政治目的を達成することです。
一般の市民・社会に紛れ込み、いろいろ姑息な手段を使ってくるため、その勝敗は従来の戦場では決まらず、あらゆる領域で繰り広げられます。伝統的な軍事侵攻に比べると、非常に巧妙で複雑な戦いになり、「めんどう」な状況です。
クリミア占領の具体例
有名な成功例をあげると、ロシアによるクリミア占領があります(2014年)。
クリミア半島はウクライナ領にもかかわらず、戦略的要衝のセヴァストポリ軍港を確保するべく、ロシアはクリミアの侵攻・占領にふみ切りました。しかし、2022年の全面侵攻とは違い、素性を隠した部隊で侵入を試み、偽装市民と偽情報で世論戦を仕掛けました。
明らかにロシア軍でありながら、兵士と車両には国籍を示す識別標がなく、ウクライナ側はよく分からないなか、クリミア占領の既成事実を許してしまいます。
素性を隠したリトル・グリーン・メン
また、ウクライナ東部のドンバス地方においても、いきなり武装市民と反乱組織が湧き、なんだか状況がハッキリしないまま、政府庁舎のような中枢が占拠されました。
クリミア半島にせよ、ドンバス地方にせよ、正体不明の兵士たちに加えて、なぜかロシアのパスポートを持ち、分離・独立を訴える市民と政治家が現れています。その結果、現地人たちは「ロシア寄り」に映り、一定の正当性をつくり出すとともに、諸外国からの批判をかわしてきました。
結局のところ、ロシアはクリミアを無血占領したあげく、ドンバス地方を巧妙に確保しており、あまり自身の血を直接的に流すことなく、それなりの領土拡大に成功しました。
まさにハイブリッド戦争の手本ですが、それは効果の割にはコストが低いほか、あとで言い逃れができるため、対外リスクも比較的低いといえます。
実際のところ、ロシアは経済制裁を受けたにもかかわらず、「懲罰」といえるほどの効力はなく、あざやかな成功体験になりました(その後、ウクライナ侵攻で死ぬが)。
民主主義国家に効果的?
以上のごとく、あえて曖昧な状況を生み、相手を迷わせるわけですが、民主主義国家には効果があるものの、権威主義国家・独裁国家に対しては微妙です。
民主主義体制は世論に左右されやすく、混乱や不安で国民を揺さぶれば、国家政策にも影響を与えられます。また、法の支配を掲げる限り、そう簡単には武力行使はできず、相手の正体が不明瞭であったり、武装した民衆に化けていれば、なおさら慎重な対応が欠かせません。
一方、独裁国家は武力弾圧に走りやすく、国籍不明の部隊や武装市民が現れても、ロシアや中国はすぐさま鎮圧するでしょう。
民主国家が民意を尊重する以上、どうしても世論操作・心理戦には弱く、それにつけ込むハイブリッド戦争には脆弱です。
グレーゾーン事態との違い
ところで、グレーゾーン事態とはどう違うのか?
両者は似ているとはいえ、実際には微妙に違います。
まず、グレーゾーン事態は「状況」を指しており、ハイブリッド戦争は「手法」になります。
平時と有事、軍事と非軍事の狭間という点でいえば、どちらも似たようなものですが、グレーゾーンという「事態」を生み出すべく、ハイブリッド戦争という「手段」を用いるイメージです。


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