防衛省も対策?情報戦における認知戦とは何か

外交・安全保障
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偽情報を混ぜ込む

以前、ハイブリッド戦について記事を書き、そこで軽く情報戦に触れましたが、今回は偽情報による印象操作、いわゆる「認知戦」を詳しくみていきます。

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まず、認知戦とは「偽情報で他者を誘導する」という手法です。情報操作の一種ですが、近年はSNSの普及にともなって、とてつもない拡散力を持ち、一国の選挙結果さえ左右できます。

いまやAI生成で偽情報の精度は上がり、SNSですぐさま一般人に届くため、誤まった情報は急速に広まります。偽装アカウントも大量に出現しており、SNS空間で偽情報を増幅させるなど、その影響力はバカにできません。

厄介なのは、偽情報に信ぴょう性を持たせるべく、あえて本当の情報の中に混ぜ込み、その判別を難しくしている点です。多くの事実があるところに、ひとつのウソが紛れ込んでも、なかなか真偽の区別はできません。知らぬうちに偽情報を与えられて、真実とともに信じてしまい、無意識に情報操作されるわけです。

これは民主主義国家には有効に働き、有権者を巧みに操りながら、その意思決定に影響を及ぼします。具体例をあげると、ロシアが選挙干渉に長けており、アメリカ大統領選と欧州各国の総選挙など、「西側」の民主主義に介入してきました。

日本の選挙にも介入

日本も無関係ではなく、2025年の参院選ではロシアが介入を行い、SNS空間に偽情報をばら撒きました。ロシアはSNSボット(ソフトウェア)を通して、政府批判に世論を誘導しながら、印象操作をした疑いがあります。

このとき、有名な親露派アカウントに加えて、フォロワー数の多い人たちを狙い、彼らを拡散役にしました。選挙中にロシアのプロパガンダ機関、スプートニクの存在が浮かび、引用アカウントが一斉に凍結されましたが、その中には多くの「有名人」がいました。

スプートニク自体は昔からあって、ロシア寄りの偽情報を発信してきたものの、それがインフルエンサーに食い込み、彼らを事実上の媒介装置にしていました。

参政党の件が話題になりましたが、ロシアの標的は特定の界隈に限らず、むしろ左右のどちらにも近づき、言論の両極化を支援してきました。その目的は親露派の形成ではなく、あくまで有権者の分断を図り、民主主義を弱体化させることです。

だからこそ、いろんな「層」にアプローチしながら、外国人問題や反ワクチン、反原発、米軍の基地問題など、利用できるものは何でも使ってきました。別にロシアを好きにならずとも、自分たちの敵(西側諸国)に不信感を抱けば、それで十分満足なのです。

これはソ連時代から変わらず、冷戦期も社会党などの左派に加えて、自民党内の反米・愛国派を利用してきました。たとえ、反ロシアであっても、反アメリカでもあれば、利用価値があるとみなします。アメリカへの反発からか、愛国心の高い者ほど、ロシアにつけ込まれやすく、気づかぬうちに利用されています。

今後の調査次第とはいえ、参院選にロシアの情報工作が入り込み、小さくない影響を与えたのは事実です。そして、ロシア工作の浸透ぶりを考えると、同じ認知戦を重視する中国もを同程度、あるいはそれ以上に入り込んでいるでしょう。

できる対策とは

このような実態を受けて、どのように対策すべきなのか?

民主主義国家である限り、SNSを含む言論の自由は保証せねばならず、安易なSNS規制には走れません。一方、外国による選挙干渉が疑われる以上、決して野放しにはできず、なにかしらの対策は必要です。

選挙は民主主義の根幹にあたり、ここが偽情報などの情報工作で揺らぐと、そもそもの正当性が失われます。しかも、ボットとAIによる自動化を使えば、その拡散力は従来と比べものにならず、国家レベルで深刻な脅威になりました。

それゆえ、偽情報を早期発見しながら、すみやかに訂正・削除する仕組み、一定の罰則が欠かせません。特に悪質な内容を意図的に拡散した場合、相応の刑罰を与えながら、さらなる模倣犯を抑止すべきでしょう。

もちろん、言論封殺にならないよう、自由とのバランスは考えるべきですが、公共の良俗を守る重要性をふまえると、ある程度は妥協するしかありません。

そもそも、自由と秩序は一種のトレードオフ関係になり、時代や場所を問わず、両者は天秤にかけられてきました。どちらか一方に傾けば、もう片方がその分だけ失い、両立のバランスが難しい問題です。

軍事面では対策中?

一方、認知戦は政治面だけでなく、軍事作戦にも影響を与えることから、安全保障上の問題にもなります。ロシア=ウクライナ戦争でも分かるとおり、ここには欺瞞工作、世論心理戦を含み、広い意味でのサイバー戦といえるでしょう。

日本の自衛隊はサイバー防衛隊を持ち、通信インフラを監視・保護していますが、こちらから偽情報を仕掛けることはなく、あくまで守りに徹した部隊になります。

ただし、相手の偽情報は放置できず、まずは情報収集機能を高めながら、正しい情報発信を行い、訂正・無力化していく構えです。その一環として、防衛省は情報本部の体制強化、同盟国との連携強化とともに、海上自衛隊に情報作戦集団を新設するなど、全体能力の底上げを目指しています。

リテラシーの向上を

しかし、これらは対処療法にすぎず、結局は国民の意識を高めるしかありません。

ここで参考になるのが、同じロシアの影響を受けるフィンランドです。

フィンランドは隣国・ロシアの工作に対して、学校でリテラシーの教育に力を注ぎ、だまされない意識づくりを心がけてきました。

その教育内容は以下のとおりです。

  • まずは全文を読み、内容を全て把握しよう。
  • 誤字脱字など、怪しい部分はないか確かめよう。
  • 自分で情報源を確かめて、その信頼性を考えよう。
  • 投稿者が実在するか、フォロワー数を確かめよう。
  • 投稿の日付、頻度、引用者、返信に注目しよう。
  • 投稿画像をよく見て、違和感の有無を観察しよう。
  • 全く同じ情報があふれていないか調べよう。
  • 投稿の目的、その受益者について考えよう。
  • 専門家・専門機関の意見と照らし合わせよう。

また、銀河英雄伝説(小説・アニメ)において、バグダッシュという情報将校が出てきますが、彼は以下の名言を残しています。

世の中に飛び交っている情報には、必ずベクトルがかかっている。誘導しようとしていたり、願望が含まれていたり。その情報の発信者の利益を図る方向性が付加されている。それを差し引いてみれば、より本当の事実関係が見えてくる。

よく犯罪の裏には得をする人がいて、それが真犯人というシナリオがありますが、これは情報戦にもいえることです。

日本の学校教育でやると、「押しつけ」と批判されがちですが、もはや個人に大量の情報を届き、自分も発信者になれてしまう以上、リテラシーの授業でリスクを教え込み、自ら見抜ける力を育てねばなりません。

SNSに情報があふれて、その真偽が分からないからこそ、前述のような注意を心がけて、情報操作の触手を回避すべきです。

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コメント

  1. ミナミ より:

    フィンランドでの教育内容の文章は広く参考になるものだと思います。数回読み直しました。