自爆攻撃できる無人艇
ロシアに対してウクライナはあらゆる戦力で劣り、海軍にいたっては「無い」に等しい状況でした。開戦時は1隻のフリゲート艦ぐらいしかなく、その自沈で黒海はロシアの独壇場になりました。
それでも、地上部隊の善戦に負けず劣らず、ロシア海軍を相手に巧みな攻撃を行い、想像以上の戦果をあげています。
ネプチューン・ミサイルを放ち、巡洋艦「モスクワ」を沈めたのは有名ですが、その後も水上ドローン(無人水上艇)で艦艇を攻撃してきました。よく使われているのが「Sea Baby(シー・ベイビー)」、「MAGURA(マグラ)」の2つであって、両者ともロシア艦艇を撃破しています。
- 基本性能:Sea Baby/MAGURA
| Sea Baby | MAGURA V5 | |
| 全 長 | 6m | 5.5m |
| 速 力 | 時速90km | 時速80km |
| 行動範囲 | 約1,000km | 約800km |
| 兵 装 | 爆薬1,000kg 122mmロケット弾×6 |
爆薬200kg |
| 価 格 | 約3,300万円 | 約4,000万円 |
両方とも開戦後の2023年に運用が始まり、通常のウクライナ軍部隊ではなく、ウクライナ保安庁の特殊部隊が使っています。
どちらも自爆攻撃を仕掛けるとはいえ、シー・ベイビーの方が爆薬搭載量が多く、6発のロケット弾を発射できるなど、柔軟に改造しやすいのが特徴です。そして、シー・ベイビーは安いにもかかわらず、長い航続距離を誇ることから、遠くの静止目標と停泊中の艦船に用いてきました。
一方、マグラは行動範囲と爆薬量で劣るものの、シーベイビーよりは小回りが効き、外洋での攻撃に投入しています。
シー・ベイビー(出典:ウクライナ保安庁)
競艇ボートを大きくした感じですが、GPS機能と自前の慣性航法装置、映像を通した操船で進むほか、一定の自動航行能力を備えました。特に通信機能は充実しており、妨害電波に対する抗堪性を高めるべく、複数の通信・映像装置が搭載されています。
水上ドローンは自爆攻撃のみならず、偵察や哨戒、捜索、救助、機雷除去にも使えるため、あらゆる任務をこなすマルチ兵器になりました。また、レーザー誘導装置を搭載すれば、ミサイルの中継誘導機能として働き、他部隊の作戦能力を補完してきました。
黒海艦隊を撤退に追い込む
さて、いろんな用途がありながらも、特筆すべきは自爆攻撃による戦果です。
たとえば、シー・ベイビーは戦略的拠点のクリミア大橋に突っ込み、一時的に通行不能にさせました。橋の損傷にともなって、ロシア軍の補給路は遮断状態になり、前線部隊の活動が低下しました。
そして、撃沈まではいたらずとも、ロシア海軍のパトロール艦とコルベット、海洋調査船を撃破しています。ただ、敵に守られた港湾に近づく場合、シー・ベイビーは迎撃されやすく、必ずしも戦果を期待できるわけではありません。
対するマグラは派手な戦果が目立ち、揚陸艦×1、揚陸艇×2、コルベット×1、パトロール艦×1、その他小型艇×3を撃沈しています。その戦果は艦艇にとどまらず、マグラV7に対空ミサイルを付けたところ、史上初の水上ドローンによる戦闘機の撃墜を記録しました。
ロシア艦を沈める様子(出典:ウクライナ保安庁)
むろん、撃破されたドローンも多いとはいえ、夜間に複数で同時攻撃を仕掛けるなど、ロシア側の迎撃網を突破してきました。約4,000万円の無人ボートを失う代わり、数億円以上の敵艦を沈めるため、その費用対効果は恐るべきものです。
地上戦で使う自爆ドローンと同じく、水上ドローンは沖合いを航行中でも、港に停泊中でも襲いかかり、敵は常に恐怖とプレッシャーに苛まれます。
こうした自爆ドローンの攻撃に加えて、HIMARSや巡航ミサイルで長距離攻撃を行い、ロシアの黒海艦隊の1/3に損害を与えました。セバストポリ軍港は安全圏ではなくなり、黒海艦隊はクリミア半島から事実上撤退しました。

艦隊司令部と一部艦艇は残るものの、主力は本国のノヴォロシースクまで退き、ウクライナ沿岸での活動をほぼ放棄した状態です。
その結果、ロシアはウクライナ南部に対する上陸、海軍を使った支援作戦はもちろん、クリミアを併合した意味すら失いました。これは戦略的敗北でしかなく、ウクライナが優勢な敵艦隊を撤退に追い込み、その成果に水上ドローンが貢献したのは間違いありません。

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