同盟国としての評判失墜
シリアのアサド政権崩壊にともない、その後ろ盾だったロシアは戦略的大敗北を喫しました。
反政府勢力は攻勢開始後、あっという間に首都・ダマスカスに迫り、政府軍の防衛線を瓦解させながら、アサド大統領をロシアに追放しました。
皮肉にも、ロシアがウクライナ侵攻で目指したのは、まさにアサド政権崩壊のようなシナリオでした。電撃的な勢いで首都に迫れば、軍隊と政府が崩れ去り、大統領が逃亡するという筋書きです。
その企みがウクライナでは起きず、自分が支援するシリアで実現したわけです。
シリアに駐留するロシア軍
しかも、貴重な同盟相手を支えるべく、ロシアは10年間にわたり、約6〜7千人を派遣してきました。その費用は10兆円にのぼり、戦死者は150〜200人とされています(民間軍事会社を入れたら増える)。
これら軍事資源の投資が無駄になり、助けなかった自身の評判はガタ落ちです。アルメニアに続き、シリアまでも見捨てたため、「いざという時は、守ってくれない」という見方が加速しました。
同盟には「見捨てられる恐怖」が付き物ですが、ロシアは自ら促進させつつあります。
自分はウクライナで苦戦するなか、シリアでは反政府側の攻勢を察知できず、結局は同盟相手をロクに守れていません。そんなロシアに対して、今後は誰が気を遣うでしょうか?
脱ロシアの流れは進み、中央アジアなどの旧ソ連圏は言うまでもなく、中東、アフリカでの権威はさらに失墜するでしょう。露朝同盟を結んだ北朝鮮も、シリアの件で対露関係を見直すかもしれません。
ウクライナ侵攻という身から出たサビとはいえ、NATO拡大や対中依存の加速、アサド政権崩壊という失敗が続いています。
中東・アフリカでの影響力後退
さて、ロシアはシリアに空軍基地(フメイミム)、地中海唯一の海軍基地(タルトゥース)を持ち、これらを中継拠点にしながら、中東・アフリカに影響力を行使してきました。
ロシアは独裁政権を助けつつも、彼らに武器を売りつけたり、鉱山利権を得る「収益モデル」を確立しています。また、正規軍を送らずとも、民間軍事会社のワグネルが入り込み、事実上の派兵をしてきました。
その派兵先はリビア、ニジェール、マリ、中央アフリカなどにおよび、同地域から欧米の影響力を排除するなど、ロシアの世界戦略を担っています。
そして、この傭兵ビジネスをするうえで、シリアは中継基地として欠かせず、派兵先への補給や戦力投射で頼っていました。
シリアは重要な中継拠点だった
新体制において、これら基地がどうなるかは分かりません。
いまのところ、反政府勢力はロシア軍を攻撃しておらず、しばらくは静観の構えです。まずは混乱を収束させるべく、ロシアとの敵対を避けた形です。
しかし、アサド政権を支援してきた以上、反体制派や一般市民の憎悪は強く、彼らが基地の存続を許すとは思えません。仮に新政権が認めても、全ての勢力を統制できない限り、基地への攻撃は十分にあり得ます。
長期的な維持は難しく、以前よりは不安定な立場になるため、すでにロシア軍の一部は撤退を始めました。
シリアの基地を失えば、アフリカ大陸への派兵は難しくなり、中東・アフリカでの影響力は大きく後退するでしょう。
リビアにも基地があるものの、シリアという中継拠点がなくなれば、運用コストは大きくふくらみ、従来の作戦遂行能力は維持できません。
アメリカのアフガニスタン撤退とは異なり、シリア撤退はロシアの世界戦略を根幹から揺るがすものです。アフガンにいなくても、米軍の戦略的立場は変わりませんが、ロシアにとってのシリアは重要性が全く違います。
ロシア海軍に限っていえば、ウクライナ侵攻で黒海艦隊の1/3を失い、NATO拡大でバルト艦隊が無力化するなか、次は地中海唯一の根拠地を失いかねません。
本来の母港がある黒海に戻っても、すでにクリミア半島の周辺はウクライナの攻撃圏内にあって、その行動は以前より制約されるでしょう。
これに対して、地上部隊は帰る場所こそあれど、すぐウクライナに転用されるかもしれません。空軍部隊は役立つものの、シリアに派遣した地上兵力のうち、実際に戦闘部隊といえるのは3,000人弱です。
ウクライナでは数百人/日の死傷者が出ており、シリア派遣部隊を転用しても、あまり大局には影響がありません。
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