原型は独伊瑞が共同開発した空対空ミサイル
2022年2月に突如始まったロシアによるウクライナ侵略ですが、当初の予想を覆してウクライナ側が善戦を続け、ロシア軍が敗退と消耗を重ねています。ロシアは地上では苦戦する一方、ミサイル及び自爆ドローンによる都市部への攻撃は継続中で、これにはウクライナ側も四苦八苦している状況です。ただ、ウクライナには高性能なNASAMS防空システムから旧式のホークミサイルに至るまでの防空兵器が西側諸国より順次到着しており、迎撃率も以前より向上しました。そんな中、ウクライナがNASAMSと同様に到着を待ちわびていたのが「IRIS-T SL」になります。
⚪︎基本性能:IRIS-T SL
全 長 | 2.94m |
直 径 | 152mm |
速 度 | マッハ3 (時速3,600km) |
射 程 | 16〜80km(後述) |
高 度 | 12,000〜30,000m(後述) |
誘導方式 | 慣性誘導 赤外線画像 |
価 格 | 1発あたり約5,500万円 |
日本語で「アイリスティー」と呼ばれる「IRIS-T」はドイツ、イタリア、スウェーデンが中心となって1990年代に開発された対空ミサイルですが、元々は戦闘機から発射する短距離空対空ミサイルでした。このミサイルは赤外線画像を使った誘導方式で命中精度と対ジャミング能力を高めつつ、尾部に制御翼を付けることで機動性を向上させました。そして、この空対空ミサイルを地対空ミサイル化させたのが今回紹介する「IRIS-T SL」であり、後ろに付いている「SL」はSurface Launched(地上発射型)の略です。
しかし、一口に地上発射型の「IRIS-T SL」と言っても実は射程が異なる3つのタイプが存在し、それぞれ以下のように分類されます。
IRIS-T SLS | IRIS-T SLM | IRIS-T SLX | |
用 途 | 短距離防空 | 中距離防空 | 長距離防空 |
射 程 | 16km | 40km | 80km |
高 度 | 12,000m | 20,000m | 30,000m |
運用開始 | 2015年〜 | 2022年〜 | 開発中 |
このように短距離から長距離に合わせて違うタイプの「IRIS-T SL」が用意されているわけですが、それぞれ4〜8発のミサイルを積んだ車両と移動式レーダー、指揮通信車両で構成されています。そして、ミサイルを搭載した車両は短距離版のSLSの場合はキャタピラ式、中距離以上のタイプは装輪式の大型トラックが用いられるそうです。
移動式レーダーの探知距離は250km程度で、これらレーダーからもたらされる情報を集約、処理する指揮通信車両は発射基から最大20km離れた地点からでも発射指令を下せます。ちなみに、これら車両が陣地に展開して迎撃準備を完了するまでに要する時間は最短で10分程度。

さて、肝心の迎撃能力についてですが、そもそも「IRIS-T」自体が目標に合わせて高速で細かい動きができる対空ミサイルなので、迫り来る巡航ミサイルやドローンを撃墜するうえでは申し分ない性能を持っています。そのため、既にドイツに加えて、スウェーデンやノルウェーも導入を決めましたが、初実戦はドイツからウクライナに提供された中距離版のSLMによるロシア軍の巡航ミサイル撃墜となりました。
ロシアのミサイル攻撃に晒されているウクライナに対して、同国の支援にあまり積極的ではなかったドイツが計4セットの「IRIS-T SLM」を提供すると発表しましたが、既に1つはウクライナで稼働中らしく、2022年11月にはロシアの巡航ミサイルを撃墜する様子がSNSで確認されました。注意したいのが、ここで言う「セット」とは8発のミサイルを搭載した車両が3台含まれているため、1セットあたり24発の対空ミサイルで構成されていること。
このようにウクライナでの防空戦で活躍している「IRIS-T」は同国のゼレンスキー大統領より「非常に効果的な防空システム」と賞賛されるほどで、ウクライナ空軍も「100発100中の迎撃率」と誇るなど、高い迎撃成功率を叩き出しているのは間違いありません。もちろん、これには戦果の誇示と更なる支援を引き出したい意図があるものの、実際にウクライナ軍の迎撃成功率は上がっているので、国家存亡の危機に立たされた側にとっては「IRIS-T」はNASAMSと並んで現時点で手に入る最高峰の迎撃手段と言っても過言ではありません。
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