精密誘導の短距離弾道弾
2022年のウクライナ侵攻以来、ウクライナは西側から多くの兵器をもらい、事実上の「実験場」と化しました。しかし、こうした動きは西側に限らず、侵攻当事者のロシアも同戦争を使い、いろんな兵器を試しています。
そのひとつが「イスカンデル」であって、ロシアが誇る短距離の弾道ミサイルです。
- 基本性能:イスカンデル(9K720)
| 重 量 | 約3,800kg |
| 全 長 | 7.3m |
| 直 径 | 0.92m |
| 運用要員 | 4名 |
| 速 度 | マッハ7(時速2,600km) |
| 射 程 | 約500km |
| 弾 頭 | 榴弾型、貫通型、クラスター爆弾型、 燃料気化爆弾型、戦術核弾頭型など |
| 誘導方式 | 慣性航法+GPS |
| 価 格 | 約4.8億円 |
まず、イスカンデルはロシア語ではなく、ペルシャ語で「アレクサンドロス大王」を指します。古代マケドニアの若き王として、強大なペルシャ帝国を破り、インドまで征服した英雄ですが、その偉人の名をミサイルに付けたわけです。
イスカンデルの開発は冷戦後に始まり、2006年から対地打撃力を強化すべく、ロシア陸軍に配備されています。配備先はロシア本国にとどまらず、ベラルーシ・アルメニアに輸出していますが、これは射程と性能で劣る輸出仕様です。
弾道ミサイルとはいえ、相手国を焼き払う戦略兵器ではなく、戦場で特定目標を破壊する戦術兵器です。中距離核戦力の全廃条約(INF)を受けて、その射程は500km未満と比較的短く、あくまで戦域内の軍事目標を狙います。
ただし、INF条約は2019年に失効してしまい、類似兵器は射程2,000kmもあることから、やる気次第で射程を伸ばせるでしょう。
イスカンデルの発射
イスカンデルは射程が短い代わり、司令部や飛行場などを叩くべく、命中精度の向上に注力しました。その結果、誤差は半径5〜7mとされており、マッハ6〜7で突入する点を考えると、極めて高い命中精度です。
それ以前の弾道弾をふり返ると、冷戦末期の「トーチカU」は誤差95mなど、イスカンデルと比べて雲泥の差です。当時は現代ほど精密誘導が期待できず、その代わり「戦術核」で補っていました。
それを5〜7mの誤差まで縮めたわけですが、突入時の運動エネルギーを加味すれば、目標そのものに命中せずとも、周囲を含めて余裕で破壊できます。
そして、誘導にはロシア版のGPSシステムとともに、新しい電子光学誘導システムを使い、ミサイルは目標の画像データを受信しながら、情報をリアルタイムで更新可能です。
つまり、発射後も軌道修正を行い、理論上は移動目標も追えるため、超音速で落下するにもかかわらず、高精度の兵器になりました。
巡航ミサイル型もある
イスカンデルは通常の榴弾型に加えて、貫通力を高めたタイプ、クラスター爆弾型、燃料気化爆弾型など、10種類もの弾頭を搭載可能です。
もちろん、戦術核弾頭を搭載すれば、抑止力と恫喝に使えるものの、本来は精密誘導の戦術思想に基づき、核弾頭に頼らないコンセプトの兵器です。
また、イスカンデルには巡航ミサイル型もあり、いわゆるファミリー化に成功しました。
巡航ミサイル型のイスカンデルK
弾道ミサイルは「イスカンデルM」、巡航ミサイル型は「イスカンデルK」と呼び、両者は同じ兵器システムとはいえ、その特徴は大きく異なります。
たとえば、弾道型は一気に打ち上がったあと、マッハ7で落下するのに対して、巡航型は大気圏内を低空飛行しながら、そのまま目標に向かうミサイルです。
巡航型の速度がマッハ0.7と遅く、比較的迎撃されやすいものの、低空飛行で捕捉されづらく、地形に沿って山岳地帯などを飛行できます。
しかも、両者は同じ大型トラックに積み、状況次第で使い分けられるなど、運用上の柔軟性が高いシステムです。
脅威だが、効果は微妙?
巡航ミサイル型はあれども、やはり脅威度は弾道弾の方が高く、イスカンデルといえば、こちらを指すことが多いです。
弾道ミサイル型は固体燃料で動き、車両到着後は数秒で準備できるため、撃ってすぐ逃げる「シュート・アンド・スクート」戦術に対応しました。
さらに、通常の弾道弾とは違って、イスカンデルは低空を変則的な軌道で飛翔できます。弾道ミサイルといえば、高い放物線を描いて落ちますが、イスカンデルは飛翔中に軌道が変わり、デコイ(おとり)を放つ機能もあります。
ただでさえ迎撃困難なところ、変則軌道とデコイを使われると、既存の防空兵器では迎撃できず、無敵の弾道ミサイルと謳われてきました。
実際にウクライナ側の迎撃成功率は低く、多くのインフラや軍事拠点が破壊されました。また、前述の命中精度を証明するがごとく、あの「HIMARSロケット砲」を狙い、その撃破・破壊に成功しています。
他方、喧伝されているほど「無敵」ではなく、ペトリオット防空ミサイルにより、少なからず撃墜されました。それでも大きな脅威なのは変わらず、現代の最新防空システムをもってしても、そう簡単には迎撃できません。
しかし、イスカンデルは大量生産が難しく、巡航ミサイル型を合わせても、数百発もありません。開戦時の在庫が900発とされており、そこから戦争で消費した結果、なかなか生産と補充が追いつかず、現在は在庫を貯めてから撃ち、またしばらくは温存する戦法です。
使用時は他のミサイル、ドローン群に混ぜ込み、相手の防空網を圧迫しながら、本命として突破させてきました。それでも、多くて60〜80発しか投入できず、戦局を変えるどころか、期待ほどの戦果はあげていません。


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