戦車も上陸用舟艇も狩る国産ミサイル
上陸してきた敵を撃破するのが主任務の陸上自衛隊は多岐にわたる火力装備を保有していますが、なかでも面白いのが戦車も舟も撃破可能なミサイルを運用していることです。通常、対戦車ミサイルは名前のとおり戦車や装甲車に対して使われるものですが、アメリカのジャベリン・ミサイルのように任務によっては敵の陣地や建物を攻撃するのにも用いられます。しかし、日本の79式対舟艇対戦車誘導弾のように戦車に加えて上陸用舟艇も想定したミサイルは珍しいといえます。
⚪︎基本性能:79式対舟艇対戦車誘導弾
重 量 | 33kg |
全 長 | 1.57m |
直 径 | 150mm |
速 度 | 毎秒200m |
射 程 | 4,000m |
価 格 | 1発あたり約1,000万円? |
79式対舟艇対戦車誘導弾は1960〜70年代に川崎重工業が開発した国産の大型対戦車ミサイルであり、「重MAT」の愛称で知られています。最大の特徴は戦車以外にも敵が上陸する際に用いる舟艇(小型艇)を念頭に開発されたことであり、性質が異なる二つの目標への攻撃能力を有する「二刀流」のミサイルになります。これは海に囲まれた日本の地理的性質を踏まえたものですが、陸上自衛隊の役割が上陸してくる敵を海岸で撃破することだと考えれば日本の実情に即した兵器と言えるでしょう。
重MATはミサイルを収めた発射機と照準器、送信器で構成されており、ミサイル本体の重量だけで33kgもあるので人力で運ぶことは困難であり、通常は2両のトラックに載せて展開場所の近くまで輸送されます。到着後は三脚に乗せて地上に設置しますが、操作は基本的に射撃手、照準手、弾薬兼通信係の3名で行います。
本ミサイルは有線による誘導方式を用いることから電波妨害などには強いですが、目標に当たるまで照準器で狙い続ける必要があります。しかし、発射時の発砲炎で位置がバレる可能性が高く、その場合は照準し続けている間に反撃を受けてしまいます。そのため、発射機と照準器を50m離すことができ、反撃を受けてもなるべく照準手を守る工夫が盛り込まれているのです。とはいえ、50mという距離は87式対戦車誘導弾(中MAT)の200mと比べるとかなり劣っており、爆風や破片で死傷してしまう近さと言えるでしょう。

使用する弾薬は対戦車用の成形炸薬弾と対舟艇用の2種類が存在し、状況に応じて使い分けることができます。また、4,000m以上の長射程を誇ることから対上陸作戦では海岸から離れた場所で待ち伏せることが可能です。気になる威力についてですが、重MATは33kgもあるヘビー級のミサイルなので命中すれば戦車や装甲車は普通に撃破されます。
さらに、対舟艇でもLCACのような小型揚陸艇やAAV-7を始めとする水陸両用車であれば航行に支障をきたすレベルの損害を与えられます。上陸作戦は橋頭堡を築く前が最も脆弱な時であり、まだ人員や装備、物資の多くが海上にいる間に撃破するのがセオリーです。そのため、陸自は揚陸艦のような大型艦艇には12式地対艦ミサイルなどを差し向け、海岸に直接迫る小型艇に対しては重MATを含む火力で対抗します。
通常は隊員が地上に設置して待ち伏せる重MATですが、実は89式装甲戦闘車の側面にもランチャーが装備されており、車内保管も含めて計4発が搭載されています。これは主に対戦車用を想定した装備ですが、上陸阻止の際は89式装甲戦闘車も海岸付近に進出して対上陸舟艇用の本ミサイルを放てるのです。ただし、この89式装甲戦闘車の重MATは地上設置型との互換性はなく、別々の運用となってしまいます。

長年ソ連軍による着上陸侵攻を想定してきた自衛隊らしい装備と言える重MATですが、1995年までに240セット以上が調達されて対戦車小隊を中心に配備が進められてきました。しかし、さすがに旧式化が否めず、当初は96式多目的誘導弾が後継として導入されましたが高コストによって置き換えが進まず、結局いまも一部で現役のままです。2010年には安全装置の点検中に誤発射される事故も起きており、老朽化した本装備の更新が求められています。
結局、87式対戦車誘導弾も含めた後継として中距離多目的誘導弾が新たに開発され、こちらに移行しつつあるため、重MATもついに2023年に引退予定となりました。しかし、これはあくまで地上発射タイプのことであり、87式装甲戦闘車に搭載されたものはまだ継続使用されます。
⚪︎関連記事:まだ通用する?87式対戦車誘導弾
コメント