中距離の「穴」を埋める
アメリカが対中国の準備を進めるなか、米陸軍は地上から中・長距離ミサイルを放ち、その発射地点を柔軟に変えるべく、「タイフォン」というシステムを開発しました。
これは特定のミサイルではなく、あくまで移動式の発射システムであって、対地用のトマホーク巡航ミサイル、防空用のSM-6ミサイルを運用する装置です。
ちなみに、米陸軍では「Strategic Mid-range Fire System(SMRF)」とも呼び、日本語では中距離の戦略打撃システムになります。
開発の経緯をふりかえると、中国はA2AD戦略の下でミサイル戦力の増強に励み、特に中距離ミサイル(射程:500km〜5,500km)を拡充しました。
一方、アメリカは1987年にソ連とINF条約を結び、中距離ミサイルを全廃していたことから、この分野では大きな制限を受けていました。言いかえると、中国は制限なく開発できるのに対して、アメリカは手足を縛られていた形です。
ところが、2019年にINF条約が失効すると、30年ぶりにアメリカの手枷がなくなり、中距離ミサイルの開発を始めました。
その結果、トマホークの射程が約1,800kmまで伸び、米陸軍で抜けていた中距離以上の穴を埋めます。むろん、「LRHW」などの他のミサイルにも取り組み、続々と登場させていますが、トマホークは既存兵器として信頼性が高く、短期間の改修で済みました。
なお、SM-6は海軍向けの長距離防空兵器ですが、これもタイフォンのシステムに組み込み、地上での長距離防空のみならず、対地攻撃にも用いる構想です。SM-6は最大450kmの防空範囲を誇り、対地攻撃では500km先まで狙えます。
すなわち、中距離以上の打撃となると、従来は空軍に依存していたところ、新たにタイフォンなどの導入により、陸軍も中・長距離攻撃能力を手に入れました。
移動式の発射システムとして
さて、タイフォンは車両搭載型の発射システムですが、実際は艦艇用の垂直発射システム(VLS)を使い、長さ40mのコンテナに収めたものです。だからこそ、艦艇が用いるトマホーク、SM-6ミサイルと互換性を持ち、2023年には早くも配備が始まりました。
発射機には4発のミサイルが入り、計4基でひとつのシステムを組むため、通常は16発を運用する態勢です。ここに射撃管制装置と発電機、再装填装置の支援機材が加わり、そこそこ大所帯の運用部隊になります。
米陸軍における位置付けを考えると、タイフォンはPrSMミサイルよりは遠くに届き、LRHWよりは射程が短い兵器にあたり、両者の中間的な存在として役立ち、射程のギャップを埋めます。
移動式の兵器である以上、有事ではアジア太平洋の同盟国に置き、中国のミサイル戦力に対抗しながら、相応の打撃力を確保するつもりです。タイフォンの車両はC-17輸送機に入り、フィリピンや日本は言うまでもなく、沖縄のような島嶼部にも機動展開できます。
演習ではフィリピン、オーストラリアに持ち込み、発射試験で海上目標を撃沈するなど、対中国で使う意図を示しました。そして、2025年には日本の岩国基地に運び、日米共同演習の一環として展開しました。
岩国基地からトマホークを撃てば、東シナ海の全域が射程圏内に収まり、重要基地のある中国沿岸部にさえ届きます。当然、中国側は激しく反発したものの、アメリカは日本を有力な配備先と考えており、こうした動きはもはや止まりません。
中国本土に届く以上、中国の反発は理解できるとはいえ、彼らも中距離ミサイルを多く持ち、他国にあれこれ言える立場ではありません。しかも、日本では長射程のミサイル開発が進み、むしろ「島嶼防衛用高速滑空弾」の方が脅威でしょう。
いずれにせよタイフォンは中距離打撃力の列に加わり、有事では「ネメシス」のような他の機動兵器とともに、日本やフィリピンへの緊急展開を行い、対中国の一翼を担います。
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