100年マラソンの夢
中国は1978年の改革開放以降、経済力が猛烈な勢いで伸び、いまやアメリカの背中をとらえました。同時に中国軍の近代化と拡張も進み、アメリカに対抗できるほどに成長しました。
彼らを突き動かす動機を見ると、そこには過去の屈辱に対する反動、苦い歴史の教訓があります。
かつて中国は列強の食い物になり、これを「百年国恥」と呼びながら、現在にいたるまで忘れていません。アメリカの専門家によると、中国共産党は過去の屈辱を清算するべく、「100年マラソン」なる計画を進めました。
これはアメリカから世界1位の座を奪い、建国100周年(2049年)までに実現する夢です。世界No.1の目標はGDPだけではなく、政治的な影響力と軍事力を含み、次の覇権国家を目指しています。
かなり息の長い計画である以上、複数の世代と政権で引き継ぎ、時が来るまで力を蓄えるはずでした。
爪を出すのが早すぎた
鄧小平以降の中国を思い返せば、表向きは友好の「仮面」を被り、本当の意図を隠してきました。日米を含む西側を油断させておき、その裏では着々と経済成長、軍備増強を進めていました。
この戦略は「韜光養晦(とうこうようかい)」と言い、真の才能を隠しながら、実力を蓄えるという意味です。100年マラソンでいえば、爪を隠して平和を装い、周辺国の警戒心を解きながら、じっくりと機会を待ちます。
実際のところ、胡錦濤政権までは上手くいき、アメリカなどを騙せていました。いまでこそ考えられないものの、中国は2010年頃までは微笑み外交を試み、世界もその平和的な台頭を歓迎しました。
その後、習近平政権で対外姿勢が変わり、南シナ海の軍事基地化が発覚すると、ようやく化けの皮が剥がれます。アメリカも2015年頃には気付き、対中政策を転換したとはいえ、遅かった感は否定できません。
他方、中国も爪を出すのが早すぎました。
もし習近平が胡錦濤路線を引き継ぎ、あのまま友好の仮面を被り続けていたら、中国は現在ほど警戒されないまま、富国強兵を実現できていたでしょう。
隠れた爪に気付けない分、日米の対応と準備は遅れてしまい、発覚時には手遅れだったかもしれません。
言いかえると、習近平は自身の野望を抑えられず、中国共産党の長期計画を狂わせました。まさにオウンゴールでしかなく、日本にとっては好ましいですが。
個人独裁の危うさ
100年マラソンを完走するため、鄧小平以降は個人独裁ではなく、集団指導体制で富国強兵に励み、定期的に世代交代をしながら、共通目標に向けて進みました。
鄧小平以前をふり返ると、建国の父・毛沢東が個人独裁を敷き、大躍進政策や文化大革命を通して、中国に甚大な被害をもたらしました。
ここで個人独裁の弊害を思い知り、集団指導体制に変更したわけですが、この路線は胡錦濤政権(〜2012年)まで続き、歴史に残る経済成長を実現しました。
その強みは個人への権力集中を防ぎ、適度な若返りを繰り返しながら、一貫して国家目標を追求できる点です。
しかし、胡錦濤から習近平に政権が移ると、再び個人への権力集中が進み、個人独裁の色が強まりました。2018年には憲法改正を行い、国家主席の任期を撤廃したため、終身まで現在の地位に居座れます。
さらに、習近平は自身の政治理念、名前を共産党の規約に盛り込み、毛沢東と並ぶ権威を手に入れました。すでに3期目が終わろうとするなか、習近平は明確な後継を指名しておらず、可能な限り最後まで続けるようです。
権力の腐敗につながる
ところが、この個人独裁の復活こそ、中国の弱点になるでしょう。
なぜなら、集団指導体制の強みを失い、個人独裁の弊害を誘発するから。どんな「名君」であっても、個人への権力集中は腐敗を生み、最終的には有害をもたらします。
習近平は父親の失脚にともなって、特権階級からの大転落を味わい、若い頃は相当な苦労をしました。この悲惨な経験が我の強い性格、自己顕示欲につながり、個人独裁の野望を発芽させました。
たとえ本人の代はやり過ごせても、よほど有能な後継者に託すか、上手く世代交代できない限り、個人独裁の悪影響は払拭できません。
権力というものは「水」に近く、同じ場所にずっと置いておくと、ボウフラが湧いたり、やがて腐ってしまいます。だからこそ、定期的に取り替えるか、流さねばなりません。
民主主義国家の日本でさえ、安倍首相が歴代最長政権を築いたとき、「森友・加計問題」のような騒ぎが起きました。チェック機能のある日本でそうなるなら、権威主義の中国で個人独裁を敷けば、権力の腐敗は避けられません。
情報の政治化
ロシアを見ても分かるとおり、汚職・腐敗は国家を内部からむしばみ、経済と軍事に悪影響しか与えません。特にロシア軍内では汚職がはびこり、作戦遂行能力を低下させてきました。これはプーチンとその側近に権力が集まり、経済を少数のオリガルヒ(寡頭制)で占めた結果です。
中国も個人独裁と寡頭制が進むと、保身と出世欲のイエスマンしか残らず、苦言を呈する者が消えてしまいます。ゴマスリと忖度だけになると、上の意向に沿った提言しか届かず、とても適切な判断はできません。
太平洋戦争での日本軍にせよ、プーチン統治下のロシアにせよ、情報の政治化が起きたら、都合の悪い情報は上がらず、状況認識が歪んでいきます。ロシアがウクライナに攻め込み、想定と違う泥沼戦争にハマったのも、この情報の政治化が大きな要因です。
これを習近平の中国に当てはめると、台湾侵攻のリスクを小さく見積もり、逆に中国軍の作戦能力を過大評価します。そして、誤った判断を重ねても、本来あるべき修正機能が働かず、まともな方針転換ができません。
統制の乱れを生む
なお、習近平への個人崇拝が極まるあまり、共産党と政府機関はもちろん、中国軍でも過剰な忖度が横行中です。別に習近平が何も言わずとも、愛国的・英雄的言動で点数を稼ぎ、自主的に忠誠心を示しています。習近平への行きすぎた敬意、あるいは粛清の恐れからか、とにかく国家主席に尻尾を振り、いろいろアピールしているわけです。
これは中国共産党に限らず、ワンマン組織にはありがちですが、国家規模でやってしまうと、それが与える悪影響は計り知れず、逆に党中央も困っています。
中国共産党は巨大組織であるがゆえ、下部の実績は習近平まで届きづらく、派手な成果で目を引くしかありません。そのため、本来の指揮系統から逸脱しても、現場がよかれと思って勝手に行い、ある意味で暴走しています。
このままだと中央の統制が効かず、偶発的な軍事衝突を起こすなど、予想外の事態につながるでしょう。そして、それは中国を不利な立場に追い込み、ますます計画から遠ざかるだけです。
同盟ネットワークの不在
次の弱点として、海上貿易への依存があげられます。
中国も日本と同じく、貿易の大半を海上輸送路に頼り、自国製品を輸出しながら、多くの天然資源を輸入する国です。
国土に資源が眠っているにもかかわらず、13億人の膨大な経済活動を支えるべく、石油やガスを海外から運んでいます。とある試算によると、石油の輸入は消費量の約7割にのぼり、最近はロシア産が急増したとはいえ、主にサウジアラビアやイランから買ってきました。
中東からの海上輸送路が生命線のなか、それはマラッカ海峡を通るしかなく、中国経済の「チョークポイント」になっています。
他国と同様に「マラッカ・ジレンマ」に悩み、封鎖されたら干上がるわけですが、問題の本質は海峡の周辺どころか、海上交通路の大半をアメリカが支配している点です。
アメリカは海峡の周辺国と安全保障関係を結び、自身の影響下に置いてきました。日米同盟や米豪同盟と比べると、その関係レベルは協力・連携にとどまり、条約型の軍事同盟とは違います。
さはさりながら、伝統的な「提携国」であるのは変わらず、米軍はマレーシア、シンガポールの基地にアクセスできます。そうなると、アメリカが有志連合を率いながら、海峡を封鎖する可能性は否めません。
このリスクを打破するべく、中国は外洋海軍の整備に力を注ぎ、海峡周辺を含む沿岸国に接近してきました。その結果、ASEANの多くは米中間で揺れ動き、パキスタンとスリランカには港を確保しました。
それでもなお、中国はアメリカのような同盟網を持たず、地政学上のリスクを抱えたままです。前述のスリランカは別に同盟国ではなく、パキスタンも明確な同盟国ではありません。
他の同盟国をあげると、北朝鮮、ロシア、イラン、ラオス、ミャンマーがありますが、れっきとした軍事同盟は北朝鮮ぐらいでしょう。残りは「連携以上、同盟未満」に近く、その実態は「協商」に近いかもしれません。
一方、アメリカは戦略的な重要国と同盟を結び、広い同盟ネットワークをつくり、地政学上の要衝を抑えてきました。世界中に同盟国がいるからこそ、そのまま各地にアクセスしやすく、にらみを効かせられます。
アメリカにあって、中国にはないもの。それが同盟ネットワークです。アメリカの同盟網を崩せない限り、中国は海上交通のリスクから逃れられません。


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