手薄なロシア領を制圧
2022年2月に始まったロシア=ウクライナ戦争は、ロシア側の誤算・失策とウクライナ側の粘りにより、当初の予想とは異なる長期戦になりました。
しかし、ここ1年ほどは双方とも決定打を欠き、第一次世界大戦のような塹壕戦が展開されました。ウクライナ東部においては、ロシア軍がジワジワと前進していますが、それは戦局全体をくつがえすものではなく、多すぎる損害に比して戦果は見合っていません。
こうした膠着状態のなか、ウクライナ軍はロシア領に逆侵攻する奇策に出ました。
ウクライナ北東部に隣接するクルスク州を狙い、国境を簡単に突破したあと、わずか2週間で深さ20〜35km、幅50〜60kmの土地を制圧しました。面積でいえば、最大1,200㎢の広さにのぼり、ロシア軍が過去1年間で占領できた土地よりも大きいです。
ロシア側には国境警備隊や防衛部隊がいたはいえ、ウクライナが逆侵攻すると思っておらず、完全に油断していました。そのため、あっという間に防衛線を突破されて、100個以上もの集落がウクライナの手に落ちました。
ウクライナ軍は装甲戦力、歩兵、砲兵、少数の特殊部隊、ドローン部隊などを使い、それぞれが緊密に連携しながら戦いましたが、まさに諸兵科連合によるあざやかな作戦でした。
しかも、それは2023年の反攻作戦の失敗をふまえたもので、あの時とは全く異なる戦いぶりを発揮しました。過去の教訓を生かしたり、自ら軌道修正する能力があると示した形です。
その後、ロシア軍の反攻で次第に占領地を失い、現在は最盛期の半分ほどになりました。ただし、ロシア側の損害は戦死者15,000人、負傷者23,000人にのぼり、自国領土の奪還を北朝鮮兵に頼るなど、プーチン大統領の「奪還期限」も毎回修正されています。
戦況地図(出典:ISW、筆者加工)
では、わざわざロシア領に侵攻した狙いとは何か?
一応、ゼレンスキー大統領は「緩衝地帯の確保」と説明しましたが、これが主目的とは思えません。
なぜなら、緩衝地帯を求めるならば、今回侵攻したクルスク州ではなく、隣のベルゴロド州の方がより効果的だからです。ベルゴロド方面に緩衝地帯を作れば、ウクライナ第2の都市・ハリキウを守りやすくなります。
クルスク州に侵攻した結果、人口25万のスーミィは守りやすくなったものの、普通はハリキウ(人口140万人)を優先したいはずです。
そうなると、ほかに戦略的目標がありそうですが、それは専門家でもよくわかっておらず、さまざまな意見が飛び交いました。
今回はその目的について、筆者なりに考えてみました。
東部戦線の圧力緩和
まず、ひとつあげられるのが東部戦線への圧力軽減です。
ロシア軍は数と火力の優勢を持ち、それを生かしてゆっくりと進んできました。
一方、守るウクライナ側はその兵力差に苦しみ、敵に大きな損害を与えつつも、徐々に後退を余儀なくされています。
そこで、手薄なロシア領を狙うことで、東部戦線のロシア軍を引きはがそうとしたと考えられます。実際のところ、1〜2万人がウクライナ戦線から引き抜かれたそうです。
クルスク侵攻の様子(出典:ウクライナ軍)
しかし、その規模では戦局は好転させられず、ロシアは1万人の北朝鮮兵を使う荒技にも出ました。その間も東部戦線ではウクライナの劣勢が続き、ロシア軍の攻勢は止まらず、ポクロフスクという重要な町にさえ迫っています。
一方、ウクライナ側もこれを機に失地回復を目指したり、その兵力を準備している様子がありません。
むしろ、陽動作戦にしては投入兵力が大きく、それなりの精鋭部隊がロシア領に侵攻しました。これら部隊は西側から供与された戦車や歩兵戦闘車を持ち、HIMARSやパトリオット・ミサイルのような希少兵器も前線付近に出ています。
そう考えると、この作戦は相当なリスクをともない、その貴重な戦力を東部戦線の増援に向かわせず、あえてロシア領に差し向けたのは別の理由がありそうです。
すなわち、ロシア軍を引きはがす狙いは多少あるものの、これも主目的ではなく、あくまで副産物だったように思われます。
コメント