仏の世界戦略を支える能力
かつての植民地時代の名残から南米やカリブ海、インド太平洋にも海外領土を持つフランスはこれらを守るための海軍力を整備してきました。
さらに、国連安保理の常任理事国としての秩序維持、旧宗主国として西アフリカ諸国にも介入することから、それなりの戦力投射能力が必要です。
その筆頭になるのが空母「シャルル・ド・ゴール」とはいえ、水陸両用作戦から人道支援までの幅広い活動を担えるのは、2006年に登場した3隻の「ミストラル級」強襲揚陸艦になります。
- 基本性能:「ミストラル級」強襲揚陸艦
排水量 | 16,500t(基準) |
全 長 | 210m |
全 幅 | 32m |
乗 員 | 160名 |
速 力 | 18.8ノット(時速35km) |
航続距離 | 10,800km |
兵 装 | 30mm機関砲×2 20mm機関銃×2(遠隔操作式) 12.7mm機関銃×4 7.62mmバルカン砲×2 対空ミサイル連装発射基×2 |
艦載機 | ヘリコプター×16 |
輸送力 | 兵員:最大900名 車両:60〜230両 |
建造費 | 1隻あたり約700億円 |
「ミストラル級」は揚陸作戦と人道支援活動で中心的役割を果たすべく、兵員輸送や航空運用、医療などの複合機能を持っています。
ちなみに、「ミストラル」とはフランス南東部に吹く地方風を指し、2・3番艦も気象現象に基づいて命名されました。
単独で揚陸作戦を行えるように指揮通信機能が重視されており、国産の通信システムと情報処理システムが搭載されました。一方、個艦防御は近接火器類を充実させていることから、小型船対策を意識しているのが分かります。
最も重視される輸送力については、主力戦車「ルクレール」だけに限れば、1個戦車大隊に匹敵する40両を搭載可能です。ほかにも、「ルクレール戦車×13、その他車両×46」のように、任務に応じてその組み合わせを変えられます。
一方、兵員については、通常時で450名ほどを想定していますが、短期間であれば、最大900名まで乗せられます。
そして、揚陸能力を支える長さ120mのウェルドックには、最大8隻の揚陸艇を収められます。エア・クッション型の高速揚陸艇であれば、その数は2隻に減りますが、同じLCACを使うアメリカ海軍との互換性は期待できます。
十分な航空運用能力と医療機能
さて、強襲揚陸艦には航空運用能力が必須のなか、「ミストラル級」は甲板上に6つのヘリスポットを設けており、最大16機の輸送ヘリ・攻撃ヘリを収容できます。
また、病院船としても設計されていて、2つの手術室と69個の病床を含む医療設備が整えられました。格納庫を使えば、さらに50床を設置できるので、全体としては小規模都市の病院に匹敵するそうです。
これらは災害地域での救援活動、医療支援を行うときに役立ち、国際協力においても重要な役割を果たしてきました。
幻となったロシアへの売却
多用途に使える「ミストラル級」強襲揚陸艦は、フランスの戦力投射能力のみならず、スペインの「ファン・カルロス1世」とともにNATO地中海艦隊の揚陸能力も支えています。
すでに3隻が就役済みということで、ローテーション態勢に問題はありませんが、じつは2隻の準同型艦がロシアに輸出されるはずでした。ところが、2014年に始まったウクライナ危機で引き渡しは中止になり、最終的にこの2隻はエジプトに売却されました。
そのままロシアに売却されていたら、同国の揚陸能力は大きく強化されたほか、少なくとも1隻は太平洋艦隊に配備予定だったため、日本にとっても懸念材料になったはずです。
そして、これら2隻が黒海方面に回されていた場合、ロシア=ウクライナ戦争で懸念されたオデーサなどへの上陸も実現していたかもしれません。こうした可能性を考えると、フランスの判断は賢明であり、取引中止となったのは幸いだったとしかいえません。
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