米の関与、露の牽制、独の抑制
ここ数年でよく話題になるNATO(北大西洋条約機構)ですが、実際にはどういうものなのでしょうか。
まず、NATOの歴史は1949年までさかのぼり、その実態は加盟国同士で守り合う軍事同盟です。北大西洋条約の第5条に定められた防衛義務に基づき、加盟国の誰かが攻撃されたら、全員で参戦・反撃する「集団防衛」の仕組みになります。
そして、発足時はソ連を仮想敵としたほか、そのソ連率いる東側の軍事同盟「ワルシャワ条約機構」と対峙しました。
設立当初は米英仏などの12カ国で構成されていましたが、1955年には旧敵のドイツ(西ドイツ)が加わりました。二度の世界大戦を引き起こしたにもかかわらず、あえてドイツを入れたのは、東西冷戦の最前線を守るとともに、ドイツの再台頭を防ぐためでした。
フランスなどの西欧諸国にとって、ドイツの再軍備は懸念すべきものとはいえ、ドイツが弱ければソ連の影響下に入ってしまいます。
また、西欧諸国はアメリカが欧州から撤退するのをかなり恐れていました。もしアメリカが帰れば、西欧だけで強大なソ連を相手にせねばなりません。
そこで、NATO同盟でアメリカを欧州に引きとめ、新生ドイツが強くならないようにしながら、ソ連をけん制するという「一石三鳥」の解決案を生み出したわけです。
これは初代事務総長「ヘイスティングス・イスメイ(英)」の言葉に凝縮されています。
「アメリカを引き込み、ロシア(ソ連)を締め出し、ドイツを抑え込む(Keep the Americans in. Keep the Russians out. Keep the Germans down.)」
32カ国による最大の軍事同盟
さて、冷戦終結とソ連崩壊でNATOは大きな転機を迎えます。
まず、仮想敵だったワルシャワ条約機構の消滅を受けて、NATOはその存在意義が問われ、一部では解体論すら出ました。こうしたなか、他地域における紛争の停戦監視や人道支援などに新たな価値を見出します。
一方、民主化とソ連圏からの解放を果たした東欧諸国は、NATO加盟に殺到しました。
しかしながら、NATOには暗黙の加盟条件があって、まとめると以下のようになります。
政治的条件 | 軍事的条件 |
民主主義政体 | 相互運用能力の確保 |
自由主義経済 | 軍事装備の統一・標準化 |
軍の文民統制 | 軍事予算の透明化 |
いわゆる「西側標準」を求めたものですが、とりわけ重要視されるのは「政治的条件」であって、相互運用能力や軍事装備の統一は加盟後でよいケースが多いです。
これら条件を受けても、NATO人気と東方拡大は止まらず、旧東側陣営が一部を除いてそのまま西側に仲間入りしました。
もちろん、かつての「衛星国」が続々とNATO入りする様子は、ロシアにとって面白いはずがありません。
NATOとロシアの関係については、1990年代こそは一定の協力関係を築いたものの、2000年代以降は再び対立に向かいました。そして、2014年のクリミア併合、2022年のウクライナ侵攻はロシアが事実上の「敵」になったことを意味します。
しかも、ウクライナ侵攻で欧州に衝撃を与えたところ、それまで中立だったスウェーデン、フィンランドまでも加盟することになり、NATOは計32カ国による世界最大の軍事同盟に成長しました。
このスウェーデンとフィンランドの加盟による影響についても、以前詳しく解説しましたので、よろしければこちらもどうぞ。
欧州地域の「不戦化」
32カ国の大所帯となったNATOですが、その歴史的意義は西欧をソ連の脅威から守ったのみならず、欧州地域から国家間戦争をなくした点です。
相互防衛の軍事同盟である以上、加盟国同士の争いは禁じられています。
これは当たり前ながらも、戦争の絶えなかった西欧地域、そして中・東欧地域を「不戦化」したことを考えると、かなり大きな功績といえるでしょう。
みんなNATOに加盟したおかげで、それまで犬猿の仲だった英独、仏独などの戦争リスクは消滅しました。
むろん、ギリシアとトルコのように加盟国同士でありながら、軍事的緊張をはらんだ関係も存在します。また、対ロシアにおいても、トルコがロシア兵器を買ったり、ハンガリーがウクライナ支援でロシア寄りになるなど、NATOも決して一枚岩ではありません。
それでも、NATO内で軍事衝突が起きる可能性は低く、少なくとも加盟地域内では戦争防止の効果がみられます。
つまり、NATOは加盟地域の「不戦」を制度化する利点を持ち、欧州全体の安定には欠かせません。それは単なる軍事同盟を超えて、政治的安定をもたらす基盤装置なのです。
弱点の「スヴァウキ回廊」
世界最大の軍事同盟とはいえ、NATOにも「弱点」はあります。
特に地理的弱点として指摘されているのが「スヴァウキ回廊(ギャップ)」と呼ばれるもの。
これはポーランド東部とリトアニアをつなぐ幅96kmのエリアで、両端にはベラルーシとロシアの飛び地「カリーニングラード」があります。そのため、両側から侵攻されやすく、封鎖されたらバルト三国が孤立してしまいます。
ところが、バルト海を挟んで位置するスウェーデン・フィンランドの加盟によって、この方面は強化されたのみならず、対岸からの直接支援が可能になりました。
他方、ロシア側はバルト海が完全に「NATOの湖」と化したせいで、貴重な飛び地が逆に孤立することになり、スヴァウキ回廊の封鎖どころではなくなりました。
すなわち、NATOの弱点とされてきた部分は、ロシアの「オウンゴール」のおかげでむしろ強化されました。
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