海上交通路の確保
南シナ海は多くの国が面しているにもかかわらず、中国は「九段線」という線引きを使ってその大部分を自国のものと主張してきました。中国による同海域への進出は2010年以降に急速に進み、いまでは多くの軍事拠点が作られて周辺国との軋轢も常態化しています。
時は戻せず、これら軍事基地を既成事実として扱うしかないなか、そもそも中国はなぜ南シナ海にそこまでこだわるのでしょうか?
これには大きく3つの理由が考えられますが、ひとつが「海上交通路の確保」です。
13億もの人口を抱える中国にとって、海外からのエネルギー資源や物資は欠かせず、日本と同じく海上輸送にかなり依存しています。そして、中東やアフリカからの輸入は必ず南シナ海を抜けて中国本土まで運ばれてくるため、ここを自国の勢力圏にしておきたいと思うのは自然でしょう。
ほとんどの中国船はマラッカ海峡を通るわけですが、ここは未だにアメリカの影響力が強く、戦時ではアメリカとその同盟国によって封鎖されるのを恐れています。
この「マラッカ・ジレンマ」という悩みを抱えているなか、海峡に近い南シナ海を手中に収めれば、アメリカの影響力を削ぐとともに、海上封鎖のリスクを減らせます。
台湾侵攻に向けた動き
南シナ海にこだわるもうひとつの理由は「台湾侵攻」になります。
武力統一を狙う中国にとって、必ず邪魔になるのはアメリカを中心とした援軍です。そのため、米軍の介入阻止を目的とした「A2AD戦略」を進めているわけですが、あらかじめ南シナ海を勢力圏にしておかねば、戦略上はいろいろと不都合です。
南シナ海がアメリカの影響下にあっては、台湾南方を攻めるときに妨害されやすく、中国沿岸部に対しても圧力をかけられてしまいます。逆に中国の軍事拠点化が進めば、台湾侵攻時に役立つのは間違いなく、南からやってくる米英豪などをけん制できます。
これは尖閣諸島を含む東シナ海への支配力を強めている理由とほぼ同じで、結局のところ台湾侵攻を見据えた軍事戦略の一環なのです。
核抑止力の強化
最後の理由としてあげられるのが「核抑止の強化」です。
少し難しくなりますが、他国からの核攻撃を防ぐには、相手に対して必ず報復できる体制を整えねばなりません。こうした核の報復手段として用いるのが弾道ミサイルや爆撃機ですが、これらは先制攻撃で撃破される可能性があります。
例えば、地上配備型の核ミサイルは偵察衛星などで発見されやすく、爆撃機も飛び立つ前に破壊されたら意味がありません。
そこで、確実に隠せる手段として使われるのが原子力潜水艦です。
原子力潜水艦は深海に長期間潜めるうえに捉えるのが難しく、核ミサイルを載せれば、いつ、どこから報復を受けるか分かりません。
もし相手の核兵器が全て地上にあって、事前に発見できていれば、先に攻撃して脅威を取り除く誘惑に駆られます。しかし、どこにいるか分からない潜水艦が反撃してくるとなれば、先制攻撃してもあまり意味がなく、思いとどまることを期待できます。
この核反撃能力(第二撃能力)を機能させるには原子力潜水艦が最適であり、核開発国が最終的には潜水艦への搭載を目指す理由です。最近は車両搭載型によって地上ミサイルも生存性を高めているものの、やはり隠匿性では原子力潜水艦にはかないません。
これは中国も例外ではなく、核保有国として原子力潜水艦を通じて核反撃能力を確保しています。
ところが、潜水艦を隠すにはそれなりの深い海が必要です。100m程度の深度では発見されやすく、せっかくの反撃能力が役割を果たせません。
じつは黄海や東シナ海などの中国沿岸部は平均水深が100〜200mと比較的浅く、潜水艦を隠すにはもの足りません。一方、南シナ海は意外にも平均水深が1,200mもあり、核反撃能力を潜ませておくには十分です。
すなわち、南シナ海は中国の安全保障にとって死活的ともいえる場所で、ここを「北京の湖」にして核抑止力を確保するのが目的です。
これら諸事情をふまえると、中国が南シナ海の軍事拠点化を止めるはずがなく、アメリカや周辺国との対立がさらに激化しても、その勢力圏化を今後も進めるでしょう。
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