自衛隊の野戦病院
戦闘には死傷者がともなう以上、軍隊は自前の医療能力を確保せねばならず、特に野戦病院の開設は欠かせません。
本来であれば、医療設備の整った病院や基地まで運び、安全な後方で治療するのが理想です。
しかし、戦闘中は後送そのものが難しく、やむなく現場で応急処置したり、付近の野戦病院に運び込みます。そこで適切に処置すれば、命をつなぐことができるほか、軽傷者の早期回復も期待できます。
だからこそ、軍隊に野戦病院は必須ですが、これは陸上自衛隊も変わらず、「野外手術システム」の名前で運用してきました。
- 基本性能:野外手術システム
手術車 | 手術台、X線装置、麻酔装置など |
準備車 | 双眼顕微鏡 X線の現像、血液の分析・検査装置 手術器材と医薬品の保管 |
滅菌車 | 手術器材の滅菌・洗浄装置 |
衛生補給車 | 医薬品や輸血用血液の保管 |
要 員 | 最低7名 |
価 格 | 1セットあたり約2億円 |
このシステムは衛生科の装備になり、医療設備のない場所で外科手術を行うべく、1988年から導入が始まりました。73式大型トラックを使い、コンテナに医療器材を搭載しながら、現地で簡易的な病院を開設します。
細かく説明すると、師団・旅団用と方面隊用があって、前者は手術車とその準備車、滅菌車、衛生補給車が1セットです。ただし、新しい2型では滅菌車と衛生補給車が合わさり、3両で1セットになりました。
これが方面隊用になると、周術車という患者を休ませる車が加わり、計5両で1セットです。
以上が野外手術システムの基本構成ですが、屋外で電力と水を供給すべく、電源車(1〜2台)の水タンク車(1台)もついてきます。
さて、手術車は現場に到着すると、その面積を2倍に拡張しながら、大型テントのような簡易施設をつくります。このとき、手術車と準備車は通路でつながり、ひとつの部屋として機能する仕組みです。
その医療能力は病院に劣らず、1日で最大15名を手術できるとのこと。容体や負傷の度合いによるとはいえ、開胸から開腹、開頭手術まで対応しており、初歩的な外科手術はひと通り可能です。
戦傷医療について
そもそも、野外手術は銃弾や破片を取り除き、出血を止めて安定化させるなど、あくまで後送の前に行う処置にすぎません。もっと本格的な手術は安全な後方で行い、そこまで耐えられるようにするのが目的です。
つまり、順番としては最前線で応急処置したあと、所属連隊の衛生小隊、師団・旅団の野戦病院に運び込み、その後は方面隊の野戦病院、後方の大型病院と続きます。
これが「戦傷医療(野戦医療)」の概念であり、負傷後は10分以内の応急救護、1時間以内の緊急手術を目指すものです。その狙いは救命率の向上ですが、戦傷者を適切に治療すれば、その分だけ戦力が回復したり、戦後の働き手として期待できます。
一般的に言われるのが、野戦医療が正常に機能すると、戦死者と重傷者の比率が1:3〜1:4になり、努力次第で生存率はさらに向上します。言いかえると、きちんとした野戦病院を置き、スムーズな後送体制を整えたら、4〜5人の重傷兵のうち、3〜4人は助けられる計算です。
なお、医療体制の有無は味方の士気に関わり、前線の兵士にとっては死活問題であるほか、組織全体に大きな心理的影響を与えます。
離島防衛に向けた新型
事実上の軍隊である以上、自衛隊に野外手術システムは必要ですが、その数は約20セットしかなく、いまは新しいタイプを調達予定です。
南西諸島での有事を想定するなか、現状では当該地域の医療機能は足りておらず、衛生拠点の確保が課題になっています。本土での移動や展開と比べたら、離島への進出は難易度が上がり、島外への医療搬送も難しいです。
現行のシステムはC-2輸送機に収まり、現地まで空輸できるものの、新型ではさらに空輸性を高めねばなりません。また、海自の一部艦艇にも設置可能ですが、すでに「おおすみ型」輸送艦で運用してきたほか、「ひゅうが型」のようなヘリ空母でも使えば、洋上の医療拠点ができあがります。
離島防衛では医療拠点と後送要領の確保に加えて、衛生品の備蓄もせねばならず、新型の野外手術システムの調達により、有事での機動展開力を高めながら、十分な「数」も整えなければなりません。
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