結局は同床異夢?
仮に日本自身が準備できたとしても、同盟国アメリカも含めて、賛同してくれる国が見当たりません。
アジア版NATOでは参加国の相互防衛義務が生じるわけですが、それを行う能力・意志を持ち合わせている国がどれほどあるか。
いまのところ、アメリカ、日本、オーストラリア、韓国ぐらいでしょう(台湾は入れると、すぐに中国と戦争になる)。フィリピンはやる気はあれども、軍事力が弱く、逆にインドは能力はあるが、あまりやる気がありません。
また、ベトナム、インドネシア、シンガポールなどの面々は、中国と全面対決するつもりはなく、正式な軍事同盟は避けるはずです。
さらに適用範囲を広げても、実際に入りそうなのはイギリス、カナダぐらい。
結局のところ、日米韓豪を除けば、やる気と能力が釣り合っている国が少なく、本家・NATOのような地域全域をカバーする体制は作れません。
強いていうなら、米英豪の同盟である「AUKUS(オーカス)」に入る方がまだ現実味があるでしょう。AUKUSは既存の枠組みであるうえ、すでにアメリカは長年の同盟国、オーストラリアとイギリスも準同盟国だからです。
一部では日本を招く話も出ていたことから、その実現性という意味では、アジア版NATOよりはありえます。もし韓国やフィリピン、ニュージーランド、カナダあたりも加われば、それは事実上の太平洋同盟(ミニ・アジア版NATO)にはなります。
言うまでもなく、これも実現するハードルが高く、実際には難しいでしょう。とはいえ、いきなりアジア版NATOを掲げるぐらいならば、まだAUKUS入りを表明した方がマシだったかもしれません。
まだAUKUS入りの方が現実的?
さて、話をアジア版 NATOに戻すと、ヨーロッパは曲がりなりにも「文明」を共有しており、対ロシアという長年の共通意識があります。
一方、アジアは価値観も意識もバラバラであって、同盟機構の土台になるものがありません。
だからこそ、安倍・岸田の両政権は「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」という緩やかな体制を目指してきました。貿易に欠かせない海洋において、みんなで秩序と法の支配を守り、共通利益を享受しようという呼びかけです。
これならば、価値観として共有しやすく、乗っかりやすいことから、インドや東南アジアも賛同しました。
すなわち、日米同盟を固めつつ、安保協力が見込める国とは準同盟を結び、そこまでやる気のない国々とは「ゆるい枠組み」でなんとか囲い込む。
本格的な集団防衛体制よりも、「日米同盟+α」「FOIP」の方がやりやすく、実現できそうな領域から取り組んだわけです。
日本が築き上げた安保体制
もしアジア版NATOを作れば、これら外交成果が損なわれる可能性があります。
名前の響き的にも、中国を軍事的に追い込むイメージが強く、むしろ宣伝材料として利用されかねません。
よくロシアがNATOの脅威を言い訳に使いますが、アジア版NATOを作れば、中国も同じ手法を使って、国内向けに宣伝したり、被害者ぶって自身の行為を正当化するでしょう。
中国を軍事的に封じ込める、抑止するにせよ、それは大っぴらに掲げるのではなく、もっとスマートなアプローチをしながら、「実利」をつかむのが国際政治です。
中国側に格好の攻撃カードを与えないためにも、日米は「自由で開かれた〜」という当たり障りのない表現を用いてきました。表の看板は穏便にしつつも、その裏で着実に対中連携を進めてきたのが、過去10年にわたる努力だったといえます。
この過程で「非同盟主義」のインドをクワッド(QUAD)に誘い、ようやく協力関係が定着したにもかかわらず、アジア版NATOを提唱したせいで、この関係がリスクにさらされています。
インドはさっそく拒否反応を示しており、インドネシアなどのASEAN諸国も否定的です。
石破首相の真意はともかく、いま日本がアジア版NATOを唱えることは、アジア諸国からは「上から目線」とも映り、いらぬ反発を呼びかねません。そして、それは安倍・岸田政権がコツコツ築いた信頼関係にヒビが入ることを意味します。
まずは、実現可能性に基づき、せっかく築き上げた「自由で開かれたインド太平洋構想」「クワッド(日米豪印)」を大事に育てるのが優先です。
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