若手の「士」がいない
日本周辺の安全保障環境が厳しくなり、任務も多様化するなか、自衛隊が直面する最も深刻な問題は「人手不足」でしょう。2023年度の採用数にいたっては、計画していた数の50.8%にとどまり、1万人近くも足りませんでした。
定員枠に対する実際の人数を示す充足率は、ここ10年ほどは91〜93%前後となっています。この数字は一見すると高く見えるものの、実数でみれば約1.9万人も足りていない計算です。
本来は24.7万人が必要なところ、22.8万人でなんとか回している状況なのです。
さらに、内訳をみると正社員にあたる「曹」クラスは98%の高水準なのに対して、第1線級の戦力を担う任期制の「士」は75%〜80%ほどに留まっています。
若い戦力が求められる軍隊組織では、この「士」クラスの充実が欠かせず、自衛隊の現状は理想からあまりにかけ離れた状態です。つまり、幹部と中堅が多く、軍隊組織としては歪な構造になっています。
少し補足すると、これには「士」が正社員ではなく、あくまで任期制であるのも絡んでいます。就職の観点でいえば、非正規の「士」よりも将来安泰な正社員の「曹」を目指すのは当然でしょう。
それでも、若返りが必須な軍隊組織である以上は、現場戦力を担う若手の「士」を確保せねばならず、少子化が進むなかでは難しい課題となっています。
給料を上げるしかない
では、どうやって確保すべきなか?
まず、少子化はもはや止められず、採用難は民間企業も同じという認識を持たねばなりません。むしろ、外国人を採用できる民間と違って、減りゆく日本人しか対象にならない自衛隊はもっと厳しいです。
もちろん、いまも広報活動を中心に涙ぐましい努力がされており、地方協力本部の広報官は戦力維持の功労者になっています。
しかし、限りある優秀人材を多く獲得するには、最終的には「待遇」をよくしかありません。この待遇の話になると「自衛隊は衣食住がタダ」というアピールが出てきますが、これはいささか誤った方向に進みがちです。
まず、衣食住の「衣」とは制服のことを指しますが、民間会社でも制服支給はあるほか、そもそも待遇面で制服を重視するでしょうか(自前スーツよりは楽かもしれませんが)。
食事も少なからず給料から天引きされており、住まいも家賃こそタダなれど、電化製品は申請が必要だったり、少額の電気代が徴収されます。
しかも、先輩たちとの寮生活になり、この集団生活では上下関係はもちろん、駐屯地・基地によってはいろいろ制約が厳しく、部屋の引越しも多いです。
駐屯地というのは建前上は「仮拠点」なので、あまりに生活感があるのは好ましくなく、年に数回は「営内点検」が行われます。ここでは下の写真のような状態にせねばならず、私物は倉庫や自家用車に隠さなければなりません。
上官も普段と違うのは分かっており、それでも「綺麗に整理整頓されており、よろしい」という形式上のやり取りをします。
これらは自由に慣れた現代若者には決して「魅力」とはいえず、今後はパーテーションで半個室化するそうですが、果たしてどこまで効果があるかは疑問でしょう(やらないよりマシだが。)
営内居室の様子(出典:防衛省)
こうした点をふまえると、いつの世も求められるのは「お金」になります。
ところが、いまの給料は命をかける分の対価としては少なく、国家公務員としての安定性でなんとか惹きつけているのが現状です。
外の世界とは違って、寮生活の強制や外出制限があるのを加味すれば、給料だけでも大手企業の1.5倍〜2倍に引き上げないと、あまり優秀な人材は流れてきません。
とりわけスマホさえまともに使えない海上自衛隊では、よほど手当を増額しなければ、そろそろ人手不足が危機的状況に陥ります。
※海自もついに船上WiFiが使えるようになるそうですが、セキュリティ面を考えれば、専用スマホを乗組員に配布した方がいいかと。
戦前は白米を毎日食べられるとの理由でやって来ましたが、いまは金銭的なインセンティブで釣るしかありません。
特に若年層の「士」を確保するには、同世代よりも多くの給料をもらえたり、旅行などの娯楽で優遇・割引を得られる、大学進学時の奨学金が免除されるぐらいのメリットが必要です。
災害派遣などにおける長年の献身的姿勢のおかげで、国民の自衛隊に対する信頼度や好感は高く、大幅な給与増額に理解を示すでしょう。
むろん、国防意識や愛国心でやってくる人もいますが、それは全体的にはひと握りにすぎず、国が待遇改善もせずに「やりがい搾取」するのは違います。
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