米海軍の半潜水艇
世の中には変わった役割を持つ船も多く、なかでもアメリカの「R/P FLIP船(フリップ)」は洋上で回転、直立する異様な姿を披露します。
- 基本性能:R/P FLIP船
排水量 | 700t |
全 長 | 108m |
全 幅 | 26m |
乗 員 | 5名+研究者11名 |
速 力 | けん引状態:時速19km |
活動期間 | 35日 |
FLIPとは「Floating Instrument Platform(洋上の計測基地)」という意味を持ち、その実態はアメリカ海軍の海洋研究船です。
海軍研究局に属しながら、軍事利用を含む幅広い研究・技術開発を支援すべく、1962年に建造されました。
長さ108mの船体のうち、90m近くを海中に沈めることができますが、このやり方があまりに変わっており、不気味すぎると話題になりました。なんと水平状態から90度回転して、そのまま船体を海にまっすぐ直立させます。
どういう仕組みかといえば、あえて後ろにだけ海水を注入することで、その部分だけが重くなり、結果的に垂直になるわけです。その注水量は数百トンにのぼりますが、大規模な「垂直倒立」にもかかわらず、作業自体は30分しかかかりません。
そして、戻るときは圧縮空気で海水を吐き出して、徐々に水平状態に復元させます。
潜水艦の潜航、浮上も注排水によるものですが、それをバランス悪くした感じです。人気マンガ「沈黙の艦隊」の中でも、潜水艦が90度の直立姿勢になる描写がありますが、FLIP船はこれを洋上で行い、半分以上を水没させるイメージでしょうか。
そのため、FLIP船は正確には半潜水艇にあたり、そのまま浮かんだ状態でいられるほか、水深5,000mまで届く錨(イカリ)で固定できます。
では、そもそもなぜ垂直になるのか?
じつは荒れた海や気象条件では、垂直状態の方が安定性がよく、海洋研究しやすいメリットがあります。音を通じて潮流や波の動きをつかみ、海中の様子を知るには好都合だったのです。
しかも、本来は大型潜水艇を必要とするところ、FLIP船という移動式の研究所を使えば、より本格的、効率的に研究可能です。
通常、潜水艇に搭載できる機器は限られており、細かい分析作業は母船や陸上施設でせねばなりません。しかし、FLIP船は研究所と潜水艇を合わせたようなもので、そのまま観測から分析まで行えます。
特殊な能力、設計
船内にはいろんな計測機器が搭載されており、2つの研究室を含む、約45㎡のスペースが確保されました。これら観測・分析機器を使い、周辺海域の水温、塩分濃度、波浪状況、音の伝わり方などを調べます。
それは学術的な目的はもちろん、潜水艦の活動や対潜戦を有利に戦うべく、軍事利用の側面が大きいです。
ただし、音響測定に使う精密機器への影響を考えて、FLIP船は自力航行能力を持っておらず、現場海域まで別の船に引っ張ってもらわねばなりません。
到着したFLIP船は補給がなくとも、最大35日にわたって活動できるほか、真水の生産能力と340kwの発電能力を持っています。少し石油プラットフォーム(海底油田を掘る洋上施設)に似ていますが、それの海に固定されていない、ミニ・バージョンと言えるかもしれません。
一方、水平状態から90度直立するため、船内はこれに合わせた特殊設計になりました。たとえば、ドアが床にあったり、窓が天井にあるなど、通常では考えられない配置です。
シャワーヘッドも90度曲がっており、トイレも安全に回転できる仕組みになっています。よって、船内生活時の違和感が大きく、最初は慣れるのに苦労するそうです。
民間企業への売却
そんなFLIP船も老朽化と予算削減にともない、2023年にスクラップ処分されるはずでした。
ところが、その特殊能力を惜しみ、海洋工学に携わるヨーロッパの民間企業が買い取りました。その結果、FLIP船はフランスで長期の改修工事を行い、民間船として再び海洋研究に従事する予定です。
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