60年以上経っても現役の「戦場タクシー」
兵士を戦場まで輸送することは軍隊にとって古来から存在する課題であり、特に第二次世界大戦を経て機動力と防御力に優れた装甲車で運搬することが求められるようになりました。そこで出番となるのが装甲兵員輸送車ですが、これは装甲で兵士を守りながら前線まで素早く運ぶいわば「戦場のタクシー」と言えます。そんな装甲化されたタクシーで西側諸国を中心にベストセラーとなり、現在でも各国で使われているのがアメリカが開発した「M113装甲兵員輸送車」になります。
⚪︎基本性能:M113A3装甲兵員輸送車(最新バージョン)
重 量 | 12.3t |
全 長 | 5.3m |
全 幅 | 2.7m |
全 高 | 2.5m |
乗 員 | 2名+兵員11名 |
速 度 | 時速64km(整地) |
行動距離 | 480km |
兵 装 | 12.7mm重機関銃×1 |
価 格 | 1両あたり約3,000万円(当時) |
M113はアメリカが1961年に採用した装甲兵員輸送車であり、まさに「戦場タクシー」のコンセプトに基づいて開発されました。そのため、2名の乗員以外に11名の兵士を乗せることができ、予定地に到着した兵士たちは車体後部に設けられた大型ランプから素早く展開します。
本車はキャタピラ式であることから不整地を突破する能力は高く、整地における最高時速も64kmと戦車や他の装甲車に随伴する「脚の速さ」を有しています。また、装甲車でありながら重量は12トンと比較的軽いのでC-130輸送機による空輸がしやすく、パラシュートを使った空中投下や大型ヘリによる吊り下げすら可能です。面白いことにこの軽さを活かすことで小規模な河川であればそのまま浮上して渡ることができるそうです。

この軽量化を実現したのが車体を覆うアルミ合金であり、航空機にも用いられるレベルの強度を持っているものの、対戦車兵器や地雷に対しては心許ないのが実情です。このアルミ合金を用いた装甲の厚さは最大で38mmと言われており、理論上は鉄鋼並みの強度を持つので小銃や機関銃に対しては効果的ですが、RPG-7や対戦車ミサイルが用いる成形炸薬弾を受けた場合は簡単に貫かれます。
したがって、実際に戦場でM113を運用する際は増加装甲やカゴ型の装甲を追設することが多く、地雷対策として兵士が車外に乗っかるケースもあったそうです。M113は割とシンプルな設計であるため、この増加装甲のように投入される任務や運用国によって結構独自のアレンジが加えられることが多く、例えば武装については車上に設置されたM2 12.7mm重機関銃以外にも追加の機関銃や迫撃砲を装備することができます。
ある意味、M113は「あまり特徴がないのが特徴」とも言える車両であり、それが逆に功を奏してアレコレ改造する余地を生み出しています。その証拠としてM113は多数の派生型が作られており、そのファミリー規模は兵器類の中でもトップクラスですが、火炎放射器から対空ミサイルを搭載した車両もあれば、電子戦装備や指揮通信機能を付与されたものあります。なかには戦術核ミサイルを運ぶ車両もあったそうです。
そもそも、M113は戦場まで兵士を運ぶタクシーであって、積極的に戦闘に参加することは想定しておらず、自衛に必要な火力と車内の兵士を守れる一定の防御力があればいいという発想に基づいています。そういう意味ではしっかり任務を果たすだけの性能は有しており、アメリカも高い開発コストをかけてまでわざわざ本車を置き換える必要性をあまり感じませんでした。そして、 M113自体が持つ汎用性の高さと改造のしやすさも60年以上にわたって現役を続けている理由の一つでしょう。
むろん、M113はベトナム戦争からイラク戦争に至るまでの実戦を経て何度か改修されていますが、米軍が現在運用している「M113 A3」はエンジンの出力強化に加えて、追加の防護板や外部燃料タンクの装甲化など生存性を高めたバージョンではあるものの、根本的な性能は初期と比べてそんなに大きく変わっていません。突出した特徴がなく、高性能とまでは言えないが、戦場タクシーとしては使い勝手が良いので今でも世界各国で用いられています。

アメリカはさずがに2007年に新規調達を止めたものの、現在も2,500両近くが現役であり、6,000両もの中古車両が保管状態にあるそうです。また、イスラエルも6,000両以上のM113を調達したお得意様であり、国産の後継車への置き換えが進んでいるものの、低コストと汎用性の高さから比較的脅威の少ない任務によく投入されています。
ここで気になるのが「自衛隊はなぜM113を導入しなかったか?」ということですが、これは自衛隊は戦後の早い時期から装備の国産化を目指す動きが強く、装甲車もその例外ではありませんでした。特に、装甲車を含む車両の場合は、アメリカから供与されたものは日本人の体格に合わなかったり、車両の重量が日本で使うには重すぎるなどの欠点が散見されました。
そのため、装甲車は自衛隊が発足して割とすぐの1960年には60式装甲車が登場しており、その後も同じ国産の73式装甲車が開発されて現在も一部で使われています。むろん、コストを考えればM113の方が安かったでしょうが、ここは国産へのこだわりが勝ったと言えるでしょう。
老兵の装甲車は現在ウクライナで活躍中
このM113に対して火力で勝るM2ブラッドレー歩兵戦闘車が1980年代に登場しましたが、コストと輸送力で劣るうえ、重量でもM113の方が圧倒的に空輸しやすいことからM113を継続運用する状態が続いています。結局、コスパと機動力を考慮した場合、単純な兵員輸送任務にはM2ブラッドレーよりもM113を投入した方が合理的なケースが多いようです。もちろん、戦闘参加を前提とした場合はより重武装のM2ブラッドレーが適任かもしれませんが、小銃及び機関銃弾レベルから兵士を守りながら迅速に運ぶだけならばM113でも十分通用します。
このように重武装ではなく、防御力も対戦車兵器などが相手では心許ない老兵・M113ですが、現在でも戦場に投入されることが多く、決して「時代遅れの使えない代物」ではありません。その証拠に現在行われているロシア=ウクライナ戦争ではウクライナ軍に多数のM113が供与され、戦場で兵士を運ぶ貴重な装甲車として活用されています。
装備で勝るロシア軍に侵攻されたウクライナは西側及び東欧諸国から戦車や装甲車を含む多くの武器支援を受けており、ロシア軍戦車を多数撃破したジャベリン対戦車ミサイルや砲兵戦で活躍しているM777榴弾砲がよくニュースで取り上げられますが、最前線で地味に重宝されているのがM113装甲兵員輸送車なのです。
総動員によって兵士の数でロシアに勝るウクライナですが、これら兵士が使う武器が足りておらず、装甲車もその一つです。人員を運ぶだけなら普通の民間車でも当然可能ですが、やはり装甲化された車両の方が比較的安全であり、特に開けた地形が多いウクライナであればなおさらでしょう。そのため、ウクライナ側の要請に応じる形でアメリカは200両ものM113を供与しており、ウクライナの各地で兵士を展開させるのに使われているのが確認できます。
アメリカの「お古」を与えられたわけですが、それでも「ない」よりは全然マシであり、装甲板などで強化した民間車と比べてもその価値は雲泥の差といえます。国家滅亡の危機に瀕したウクライナとしては使えるものは何でも使いたいのが本音であり、それが仮に半世紀前の老朽化した装甲兵員輸送車でも同じです。そして、実際に供与されたM113は兵員輸送の点では大きな問題なく活躍しており、2022年9月に実施されたウクライナ軍による大規模な反攻作戦でも電撃戦の一翼を担いました。そして、前述のようにアメリカの抱える大量のM113の在庫を考えれば、これらの支援はまだまだ序の口と言えます。

現代戦を通じて改めて装甲車の価値を示したM113ですが、本家のアメリカではさすがに後継の導入を進めており、イギリスのBAEシステムズが開発した「多目的装甲車」と呼ばれる車両を順次配備する予定です。これはM2ブラッドレーから砲塔を外したような装甲車であり、2020年代を通じて第1線級部隊のM113を置き換えていきますが、後方部隊のM113まで更新するにはあと15〜20年はかかるとのこと。
そのため、現時点で約2,500両近くが現役のM113は最低でも2030年代までは続投する見込みであり、ウクライナへの支援も含めれば活用する余地はまだまだあるみたいです。一応、多目的装甲車の配備が決まっているものの、近年のアメリカ軍は後継装備がコスト高騰によって当初よりも少ない調達数に終わり、更新するはずだった装備を続投させるケースが見られるのでまだ安心はできません。むしろ、多目的装甲車も似たような道をたどって結局M113が100年選手となる未来もあり得ます。
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