空からの「落し物」は費用対効果が抜群
昔から水上艦艇は船底が弱点であり、 魚雷などが真下で爆発すると衝撃波で船体を真っ二つに引き裂かれる「バブルパルス」という現象が起きます。吃水線下の船体への命中はダメージコントロール次第で沈没を免れますが、船底を狙った攻撃はほぼ撃沈に至ります。
そこで、アメリカ空軍は敵艦の真横に投下した誘導爆弾でバブルパルス現象を発生させて撃沈する「クイックシンク(Quick Sink)」という新しい戦術を生み出しました。日本語で「即撃沈」を意味するこの新戦術は、安価な爆弾を使って高価な軍艦を一撃で葬れることからコストパフォーマンスに優れた手法として注目を集めています。
クイックシンクではF-15戦闘機などに搭載した誘導爆弾を使用しますが、これは通常の爆弾に「JDAM」と呼ばれる誘導装置を取り付けることで精密誘導を実現しているのです。JDAM爆弾は目標近くまでGPSで誘導された後、クイックシンク用の別シーカー(探知センサー)で目標の詳細位置と針路、速度を把握して突入します。そして、このJDAM爆弾は拡張翼を付けることで高高度からの投下および滑空が可能となり、その際の射程距離は30km近くになると言われています。
米空軍が2022年に実施した試験では、戦闘機から投下されたJDAMが標的の貨物船を一瞬で真っ二つにしており、動画に収められたこの様子はクイックシンクが持つ威力を世界に知らしめました。このとき用いられたJDAM爆弾の値段は2,000万円ほどなので、安い金額で百倍以上もの価値がある艦船を沈められることになります。
今回公開された実験ではF-15E戦闘機がJDAMを投下しましたが、米空軍は他にもF-16戦闘機や最新のF-35ステルス戦闘機で運用することも視野に入れています。また、F-15戦闘機とJDAMを導入している航空自衛隊も理論上はクイックシンクを使えるものの、現時点では特段検討されていません。
戦闘艦艇に通用するかは微妙?
魚雷やミサイルよりもはるかに安く、とんでもない費用対効果を発揮するクイックシンクですが、防空能力がある戦闘艦艇を相手にどこまで通用するかは未知数といえます。例えば、JDAMを抱えた母機が中国艦船や中国軍機に迎撃されることは確実であり、落下中の爆弾も20mm CIWSなどで十分に迎撃可能です。一方、兵站支援を担う輸送船のように戦闘艦以外の目標に対しては猛威を振うことが予想されるため、中国の兵站支援能力に打撃を与える有効手段としては期待できます。
したがって、実戦ではハープーン・ミサイルや本命視されているLRASM対艦ミサイルなどが中国海軍を撃破する主兵器として投入され、クイックシンクは支援艦船などを狙う手段として使い分けられるでしょう。アメリカもクイックシンクを対中国の切り札とは考えておらず、あらゆる機種で運用できる低コスト兵器かつ攻撃オプションを増やす存在として捉えているのです。
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