その組織・予算規模
日本は国土面積こそ世界61位(38万平方km)ですが、四方を囲む海洋面積で比較した場合、6位にまで順位が上がります。この海洋面積は領海に加えて、資源開発を認められた排他的経済水域を含み、水産物と海底資源が眠む重要な「資産」です。
この資産を守るには違法操業や密輸、その他犯罪を取り締まり、海難事故にも対処しながら、海の安全を確保せねばなりません。
海上保安庁が24時間体制で警戒を行い、世界6位の海洋面積を守っているとはいえ、その組織規模は想像より小さいかもしれません。
ざっくり羅列すると、海保は人員1.47万人、艦艇480隻、航空機90機から成り、その年間予算は約2,500億円です。同じ海を守る海上自衛隊と比べて、人員は1/3以下、予算は15%程度にすぎず、国土の約12倍もある海洋面積はもちろん、そこにある権益を守るには足りません。
海自護衛艦と海保巡視船(出典:海上自衛隊)
しかし、近年は中国の海洋進出にともなって、海保も予算が右肩上がり状態になり、「れいめい型」のような大型巡視船を量産してきました。
世界12位の「海軍」とも称されるアメリカ沿岸警備隊、増勢まっしぐらの中国海警局にはおよばものの、世界的には見劣りする戦力ではありません。むしろ、正面装備や能力面ではトップ5に入り、海上における世界有数の準軍事組織です。
軍隊の海自、警察の海保
海保は何かと海自と比較されがちですが、防衛省の管轄下にある海自とは違って、海保は国土交通省に所属する別組織です。
役割の違いでいえば、海自の主任務は国の防衛であり、海保は治安維持と海上交通の安全確保になります。「海自=軍隊、海保=警察」のイメージが強いですが、この印象は間違っておらず、実際に海保は警察機関(法執行機関)です。
通常の海上自衛官とは異なり、海上保安官は「特別司法警察員」として扱い、逮捕捜査権を持っています。だからこそ、海賊対策任務では海自の護衛艦に乗り込み、自衛官に代わって逮捕権を行使する仕組みです。
海自と訓練する海保の巡視船(出典:海上自衛隊)
なお、警察機関という位置付けである以上、1948年の発足時から「非軍事」を意識してきました。これは海上保安庁法にも明記されており、同法第25条には海保が軍事組織ではない旨が書かれています。
一方、外国の沿岸警備隊に目を移すと、その多くは事実上の軍事組織、あるいはそれに準ずるものとして扱い、海保とは少し性質が異なってきました。
さはさりながら、海保が国内屈指の実力組織である限り、多少の軍事的性格は帯びてしまい、完全には「軍事」とは切り離せません。しかも、有事では自衛隊法に基づいて、国土交通省から一時的に離脱したあと、防衛大臣の指揮下に組み込めます。
準軍事化する利点はない?
このような性質・事情から、海保を海自とともに防衛省の管轄下に置き、準軍事組織にすべきとの声がありますが、筆者の考えとしてはそこまでするメリットはありません。
まず、非軍事性を強調しているとはいえ、軍事活動は別に禁止されておらず、海自とは訓練などを通して連携してきました。
近年は武装漁民や工作船、テロリストの対処など、軍事と警察の対応範囲が被りやすく、同じ管轄下だと連携強化につながるかもしれません。
海保巡視船に着艦する海自ヘリ(出典:海上自衛隊)
しかし、国土交通省で長らく活動してきた以上、その実力組織を移すのは容易ではなく、複雑な省益と役人の抵抗を乗り越えねばなりません。
たとえ政治力を使って試みても、「第二の海自」になる海保側の反発を呼び、士気の低下を招くだけでしょう。
現状の問題点をふり返ると、警察組織としての立ち位置ではなく、人員・予算の拡充が課題なのです。人手不足の解消、能力の強化に比べて、海保の準軍事化は優先順位では劣り、わざわざ政治的なリソースを使ってまで、いま取り組むべき案件とは思えません。
非軍事だからできること
他方、軍事組織ではないからこそ、享受できるメリットがあります。
それは外国との対立において、緊張の度合いを抑えられる点です。
たとえば、尖閣諸島では中国公船との対峙が常態化していますが、軍事組織である海自を繰り出せば、相手も同じ軍艦を投入するしかありません。
これが警察機関の海保になると、中国海警局とは「対立レベル」が釣り合い、さらなる事態の悪化を防げます。軍隊と警察では緊張度が全然違い、相手を追い込まずに済むなど、エスカレーションを抑えられるわけです。
また、あくまで警察組織であるがゆえ、他国との連携が図りやすく、いたずらに仮想敵を刺激しません。対中国でフィリピン、台湾との連携を強める場合、まずは海保レベルから始めれば、ある程度は中国の反発をかわせます。
あくまで「名目」とはいえ、海難救助や犯罪摘発の訓練に対して、さすがの中国もそこまで反対できず、これを絶好の隠れみのにしながら、しれっと協力・連携を進める形です。
特に台湾とは正式な国交がなく、絶対に自衛隊を派遣できないなか、海保との救難・捜索訓練となれば、ギリギリで許されるレベルになります(中国的に)。すでに台湾の海上警察とは共同訓練を行い、日台間では珍しい協力体制を試みてきました。
これを軍事レベルに拡大するのは難しいですが、まずはどこかからは始めねばならず、最初の一歩としては大きな意義を持ちます。
すなわち、海保は軍隊より何かとハードルが低く、センシティブな状況下においても、他国と連携しやすい存在なのです。

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