外交・安保で信用が失墜
第二次トランプ政権の発足以降、アメリカの外交・安全保障政策は急激に変わり、その豹変ぶりは世界に衝撃を与えました。薄々分かっていたとはいえ、トランプ政権の迷走はすさまじく、同盟国・友好国に喧嘩を売りながら、仮想敵に甘いという態度です。
たとえば、隣国のカナダに貿易戦争を仕掛けたうえ、本気で51番の州になれと言い放ち、彼らの主権をないがしろにしています。また、NATOを相変わらず批判しつつ、防衛義務の放棄を示唆するなど、同盟自体を否定しがちです。
ウクライナとの首脳会談では、前代未聞の口論を世界に晒したあげく、ロシアの肩を持つ態度を鮮明にしました。その決裂ぶりは見るに耐えず、アメリカが敵側に回ったとさえ評されました。
もっと恐ろしいのが、グリーンランド(デンマーク領)の購入にこだわるあまり、強制併合の可能性も排除していません。法の支配を守る側にもかかわらず、他国(しかも同盟国)の領土を要求して、武力行使さえチラつかせました。ロシアならばいざ知らず、自由主義陣営を率いてきた「アメリカ」がです。
喧嘩別れに終わった米宇首脳会談
一連の言動で米欧関係には大きなヒビが入り、同盟体制が危機にさらされています。
単独での経済・軍事力はさることながら、アメリカの戦略的優位性を支えるうえで、全世界に点在する同盟国も欠かせず、この同盟体制が中露にはない強みでした。
世界中のいたるところ、しかも重要箇所の多くに同盟国がいて、そこにアクセスできる利点は計り知れません。日本やイギリスは言うまでもなく、ボスポラス海峡やジブラルタル海峡、マラッカ海峡、パナマ運河など、地政学上のチョークポイントも抑えています。
ロシアが不凍港を確保できず、中国も「マラッカ・ジレンマ」に悩むなか、アメリカは広大な同盟ネットワークを使い、圧倒的な優位性を確保してきました。
この力の源泉を無視するかのごとく、トランプ政権は同盟国を雑に扱い、喧嘩腰で挑みながら、関係悪化を招くばかりです。
しかも、ウクライナの鉱物資源を巡る協議が決裂したとき、一時的に軍事支援と情報提供を止めたことから、他の同盟国には恫喝行為に映りました。これは「裏切り」に等しく、アメリカが築きあげた威信、同盟体制は損なわれました。
そして、対外援助を見直すどころか、担当機関のUSAIDそのものをなくして、アメリカのプレゼンスを低下させました。
自由主義の盟主を辞めたのみならず、道義的優位性とソフトパワーを捨てるなど、これほど敵を喜ばせる政権はいません。その空白を埋めるべく、中国がいろいろ暗躍しており、現状ではアメリカより頼もしく見えます。
この後遺症はトランプ政権後も残り、当面の信頼回復は難しいどころか、もう古き良き関係には戻れません。前回の後始末はバイデン政権が行い、なんとか関係を再構築したものの、今回の件で国際的信頼は破綻しました。
いくら国内事情があっても、ものごとには「やり方」というのがあります。現在のやり方はあまりに拙く、大事なときにハシゴを外す、同盟関係を脅しの材料に使う場合、一定の距離をとらざるをえません。
外交・安保に限らず、信用というのは時間をかけて築いても、ほんの一瞬でなくなります。それは兵器輸出でも変わらず、サポート停止のリスクをさらした以上、購入者に疑心と不安を生み、他の選択肢に移らせるだけです。
すでに欧州は独自路線に舵を切り、なるべく対米依存を減らしながら、アメリカ抜きの安保協力・兵器購入を進めています。自ら招いた結果とはいえ、中・長期的にはアメリカの「損」になるはずです。
壊れたアメリカ政治
問題なのは1期目とは異なり、閣僚や側近にイエスマンしかおらず、似た考えの者ばかりという点です。前回は外交・安全保障の専門家が入り、少しは暴走を抑えられましたが、今回はチーム・トランプで固めたため、もう止められる者がいません。
ルビオ国務長官はポーランド外相に噛みつき、欧州No.1の親米国を怒らせており、イーロン・マスクは効率省担当にもかかわらず、同盟国に対する口撃を繰り返すほか、X(旧Twitter)を通して選挙干渉までしています。
副大統領のヴァンスにいたっては、トランプ本人よりもトランプっぽいです。小物ぶりが目立つとはいえ、副大統領はトランプ主義を信奉しながら、出しゃばる傾向があって、首脳会談ではゼレンスキー大統領を挑発して、最終的には決裂させました。
トランプ本人が去っても、トランプ主義という政治現象は続き、その後継者はいくらでも現れます。2028年以降は院政を敷きながら、似たような後継者を支えるだけです。
米議会での演説(出典:ロイター)
いまの共和党はトランプ主義に染まり、反トランプの議員は冷遇だけでなく、選挙でも苦戦を強いられます。トランプの支持がいる以上、彼の破天荒ぶりに迎合せねばならず、かつての共和党はもう存在しません。どんなにバカげていても、本人が白を黒といえば、それは共和党内では黒なのです。
一方、民主党もトランプへの反動からか、どんどん極端な方向に走り、アメリカ政治はぶっ壊れました。
政治的に「中庸」な勢力が減った、あるいは存在感を失い、両極端な主張しか支持を得られません。日本でたとえると、選択肢が共産党か保守党しかなく、自民党などが完全に埋没した状態です。
ここから元に戻るのは難しく、相当な後遺症を引きずるでしょう。次が民主党政権になっても、トランプ主義者とその支持層がいる限り、再び揺り戻しがあるはずです。
たとえ「次」で軌道修正を図っても、それはバイデン政権時と同じく、反動による短期の安らぎで終わり、中・長期的な方針ではありません。
知っている世界の終焉
現在の迷走ぶりをふまえると、アメリカは以前ほど外交・安保であてにならず、現在は自由主義陣営に留まるかさえ分かりません。これは冷戦後の国際秩序はもちろん、第二次世界大戦以降の世界を変える出来事です。
少なくとも、アメリカ主導の時代は終末段階に入り、我々の知る世界は終わりを迎えました。人権・民主主義の尊重、価値観に基づく同盟体制、海洋の自由など、「あたり前」が徐々に薄れていき、アメリカはその庇護者を辞めました。
一応、日米同盟はしばらく続くも、トランプ主義は本質的に軍事介入を嫌い、その関与は死活的問題に限定されます。そのため、ロシアに対しては欧州より反応が鈍く、シーレーンを脅かすフーシ派は空爆しました。
最終的には「価値」の問題になり、死活的利益ではないと判断したら、以前ほどの関与は期待できません。日本は対中国で利用価値があるものの、値打ちを維持しながら、別の保険もかけておくべきでしょう。
大所帯のNATOとは違い、対中国では韓国、オーストラリアぐらいしか頼れず、かなり苦しい展開を強いられます。逆にNATO諸国はアメリカ抜きでも、国力的にはロシアを余裕で上回り、あとは本気モードになれるかの政治的な問題です。
あとはアメリカが「正気」に戻るかどうかですが、現時点では見込みが薄く、日本も「プランB」に向けた頭の体操を始めるべきです。自主防衛を進めながら、同志国との連携強化が急ぎ、欧州方面への積極的な関与を通して、NATO・EUの協力を引き出さねばなりません。
コメント