艦隊を支える渡し船
海上自衛隊の艦艇といえば、護衛艦・潜水艦が思い浮かび、戦闘艦の印象が強いでしょう。
しかし、艦隊をきちんと機能させるうえで、裏で支える「脇役」が欠かせず、その中には訓練支援艦、補給艦、タグボートなどが含まれます。これら艦艇は地味といえども、艦隊運用と基地運営を支える立役者であり、今回は「交通船」について解説します。
まず、交通船は港内や基地周辺において、艦艇と基地(岸壁)の間、あるいは艦艇同士を行き交い、人員・補給物資などを運ぶ小型船です。
「交通」という言葉が示すとおり、その本質はヒト・モノの往来にあって、陸上のバス・タクシーに相当します。海自では「ヤード・フェリー」と呼び、艦種記号は「YF( Yard Ferry)」です。
艦艇は岸壁に接岸すれば、そのまま乗員が上陸できるとはいえ、沖合に停泊している場合、船で行き来するしかありません。すでに岸壁が埋まっていたり、なんらかの事情で使えないと、代わりに交通船で上陸するわけです。
護衛艦も小型船(短艇)を積み、人員の移動に用いますが、交通船の方が定員が多く、物資搭載用の広いスペースがあるうえ、その大きさから航行性が安定しています。
2つのタイプと主な用途
交通船にはボート型と揚陸艇型があって、前者は主に幹部(将校)の輸送に使い、いわゆる内火艇(ランチ)と呼ぶものです。将官・将校が乗り込み、VIPの往来にも使うため、屋根が付きのキャビンを設けたり、一定の高速航行力を確保しました。
他方、後者は幹部以外の自衛官、物資の輸送に使われており、事実上の上陸用舟艇です。実用的な作業船として、飾り気のないデザインを持ち、最大80名ほどの定員とともに、補給品・郵便物・工具類を運搬します。
その輸送能力はボート型を上回り、輸送任務の大半を果たすものの、別に高速で航行する必要はなく、最高速力は10ノット(時速18.5km)です。それでも、1隻あたり約4,500万〜5,000万円は下らず、決して安い買い物ではありません。
小型の揚陸艇とはいえ、「いずも型」のような大型艦ともなれば、交通船が送り届ける人数は多く、何往復もせねばなりません。しかも、船は燃料・食糧・弾薬に加えて、予備部品や事務用品、工具などの消耗品も欠かせず、交通船はこうした補給ニーズにも細かく対応します。
ボート型の交通船(出典:海上自衛隊)
また、デジタル化が進んだ現代においても、物理的な文書や郵便物は発生してしまい、自衛隊は特に文書業務が多い職業です。官僚機構のひとつである以上、民間と比べてデジタル化が進まず、紙の文書で決裁・回覧してきました。
それゆえ、日頃から大量の紙を使わざるをえず、事務用品の補給が重要になってきます。これは洋上の艦艇でも変わらず、護衛艦の補給科は普通に事務作業を行い、紙の文書でやり取りしています。
緊急性の高い命令ならともかく、そこまで重要ではない、急がない案件になると、出港中は母港に文書がとどまり、帰港後にまとめて届けられます。こうして溜まった回覧文書、あるいは乗員宛の私信・荷物を艦艇に送り、交通船は通信業務を担ってきました。
溜まった文書が来るのは嫌ですが、長期航海から帰港した乗員にとって、家族からの手紙や荷物はありがたく、それを届ける交通船は待ち遠しい存在です。
災害時の活躍と操船技量
交通船は海自の主要基地に配備されており、港内での輸送任務を果たすべく、常に複数隻が稼働しています。5つの主要基地のうち、横須賀は最大の拠点であるほか、外国船の寄港も多いことから、港内での交通需要が極めて高く、その分だけ交通船の往復が活発です。
そんな交通船の活躍は基地運営にとどまらず、災害派遣では小回りの利く機動力として、そのポテンシャルを発揮してきました。たとえば、東日本大震災(2011年)では大津波の結果、多くの被災地で港湾施設が使えず、艦艇が接岸できませんでした。
そこで、LCACのような揚陸艇とともに、浅い水域に適した交通船を送り込み、人員・物資をピストン輸送しました。沖合いの大型艦艇と陸上をつなぎ、そのギャップを見事に埋めた形です。
災害派遣での活躍はあれども、交通船は海自の中では目立たず、一般の認知度も高くありません。しかし、護衛艦が問題なく活動できるのも、沖合いの艦艇に物資が届くのも、この小さな船が日々の仕事を黙々とこなしているから。
しかも、港湾内での運航は外洋とは違って、他の艦艇・民間船舶が狭い海域に集まり、場所次第では潮流の変化も起きやすく、かなり緻密な操船技術が求められます。
大型艦への接舷(横付け)作業になれば、波や風の影響を受けながら、傷つけずに寄せる高度な技術が必要です。そして、要人輸送では波で揺れるなか、安全な乗降を実現せねばならず、細やかな気遣いを含めて、経験と判断力が問われます。
戦闘能力も武装も持たず、メディアに注目されない地味な存在ながら、護衛艦が活動できるのも、艦艇に物資が届くのも、この小さな船が黙々と任務をこなしているからです。


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