唯一の機甲師団として
陸上自衛隊の旅団・師団のうち、北海道の第7師団はズバ抜けた戦力を誇り、戦車を中心にした日本唯一の機甲師団です。
その充実した戦車部隊をもって、冷戦期はソ連軍の侵攻を迎え撃ち、これを撃破する役割を課せられていました。
- 基本情報:陸上自衛隊/第7師団
| 人 員 | 約5,800名 |
| 創 設 | 1962年8月15日 |
| 司令部 | 北海道 東千歳駐屯地 |
| 担当範囲 | 北海道 道央地域 |
| 駐屯地 | 東千歳、北千歳、北恵庭、南恵庭、静内、丘珠 |
| 戦 力 | 3個戦車連隊 1個普通科連隊 1個特科連隊 1個高射特科連隊 1個偵察隊 1個飛行隊 など |
まず、機甲師団とは戦車部隊を基幹にしながら、随伴する歩兵部隊も装甲車などに乗り込み、戦力を自動車化・機械化した師団です。それゆえ、通常の師団より運用コストが高く、そう多くは編成・維持できません。
自衛隊では第7師団が唯一の機甲師団ですが、これは北海道が対ソ連の最前線だったからです。当時は北海道への着上陸侵攻が予想されるなか、ソ連軍の戦車部隊に対抗するべく、陸自は同地域に4個師団を集中配備しました。
このうち、第7師団は事実上の決戦兵力にあたり、1980年代の改編では異例の「戦車連隊×3」という編成になりました。
さらに、普通科(歩兵)・特科(砲兵)・高射特科(防空)・後方支援でも、それぞれ1個連隊が配備されたほか、全て自動車化/機械化されました。
編成面での優遇はこれにとどまらず、各連隊の中隊は他の師団と比べて数が多く、普通科連隊は通常の倍である6個中隊の編成です。
この特別扱いは装備面でも変わらず、普通科連隊は89式装甲戦闘車などで完全に装甲化を図り、特科連隊は99式自走155mmりゅう弾砲で自走化されました。
戦車連隊は主に90式戦車を使うものの、近年は10式戦車に順次更新中です。第7師団だけで約200両の戦車を持ち、陸自全体の約1/3に相当する戦力を運用するため、駐屯地祭では大量の戦車が行進するなど、日本では「ココだけ」の光景を披露してきました。
89式装甲戦闘車(出典:第7師団)
以上のように、第7師団は編成・装備に恵まれており、人事面でも優秀な隊員を送り込み、「陸自最強の師団」と評されてきました。
ちなみに、旧日本軍の第7師団も北海道に拠点を置き、日露戦争でロシア(ソ連)と戦ってきました。「ゴールデンカムイ」でも最強の師団と謳われていますが、その系譜は陸自の第7師団が受け継いだといえます。
有事は九州への機動展開も
一方、人員面では以前ほど優遇されておらず、最近は南西シフトにともなって、優秀な隊員は水陸機動団などに配属されました。
ただし、戦車兵に限ればそうではなく、第7師団は引き続き北方守備の要として、陸自内でも重視されています。
ところが、悪化する安全保障環境に対処するべく、全ての旅団・師団を機動運用することが決まり、第7師団も別方面に投入される可能性が浮上しました。
以前から九州まで訓練で出向き、チャーターした民間フェリーで戦車を運んできましたが、こうした動きは今後は加速するはずです。
とはいえ、島嶼防衛は水陸機動団の出番になりやすく、戦車中心の第7師団は呼ばれるにしても、九州で待機する重要な予備戦力という扱いでしょう。逆に南西方面での有事だからこそ、北のロシアに対してスキを見せてはならず、師団の主力は北海道にとどまるべきです。
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