精密攻撃もできる西側のベストセラー
遠方への攻撃手段として用いられるロケット弾はミサイルより安価なものの、命中精度が低いという難点を抱えることから、第二次世界大戦では短時間で多数を放って命中率の低さを「数」で補う多連装ロケット砲が誕生しました。
大小さまざまな種類が存在する多連装ロケット砲は高い技術が求められるミサイルとは異なり、シンプルな構造で運用も比較的簡単なので財政的に余裕がない中小国や武装勢力で愛用されています。
当初、多連装ロケット砲は「数」で相手を圧倒するとともに、立て続けにロケット弾が飛んでくる状況を生み出して敵に恐怖と混乱を誘う心理的効果も期待されていました。
その後は条約で広範囲に損害を与えて「面」ごと制圧するクラスター弾が禁止されたため、近年は精密誘導式のロケット弾を使ったピンポイント攻撃にシフトしています。
こうした多連装ロケット砲のうち、西側諸国で最も使われているのが「M270」で、日本の陸上自衛隊も運用するこの兵器は一般的には英語で多連装ロケット・システムを略した「MLRS(Multiple Launch Rocket System)」として知られています。
⚪︎基本性能:M270 MLRS
重 量 | 24.8t |
全 長 | 7.06m |
全 幅 | 2.97m |
全 高 | 2.6m |
乗 員 | 3名 |
速 度 | 時速64km |
行動距離 | 約480km |
兵 装 | 227mmロケット弾×12 |
射 程 | 約30〜45km |
価 格 | 1両あたり約19億円 |
アメリカが1970年代に開発した「MLRS」は西側諸国を中心とした13ヶ国で約1,300両も運用されているベストセラー。
車体後部には、それぞれ6発のロケット弾を収めたコンテナを2基搭載していて、全弾撃ち尽くした後の再装填はクレーンを使ってコンテナごと交換して10分以内に完了します。
発射位置の特定と敵による捕捉の前に陣地転換が求められる現代砲兵戦において、連射後すぐに移動して短時間で再装填できる利点は非常に大きく、ライバルとされる旧ソ連の「ウラガン」シリーズに勝る要因のひとつです。

「MLRS」が使用するロケット弾はGPS誘導装置や高性能爆薬弾頭を付けることでミサイルに匹敵する精度と威力を持つうえ、通常弾でも約30〜45kmの射程距離を誇ります。
ほかにも、多数の子爆弾を内蔵して半径100-200mの広範囲にわたって被害を及ぼすクラスター弾が存在していましたが、前述の禁止条約によって今は廃止となりました。

1991年の湾岸戦争で初実戦を迎えた「MLRS」ですが、陸上自衛隊では1992年から計99両が導入されて、富士学校と九州の一部を除き、ほとんどが北海道の特科部隊に配備されました。
陸自では指揮装置や再装填用の弾薬車など18両で1個大隊を構成しており、着上陸侵攻する敵に対して海岸付近で打撃を与える目的で運用されています。
しかし、最近は海上自衛隊のおおすみ型輸送艦に搭載して洋上での艦船攻撃を試みる動きが見られ、実際に2014年の演習では海自艦艇に搭載しての射撃訓練が行われました。
小型・高機動の時代では「陳腐化」?
「MLRS」は高精度なロケットの雨を降らせる一方、車体の大きさから搭載できる輸送機が限られており、迅速な展開が求められるなかではこの空輸性の低さが欠点として指摘されるようになりました。
そこで、アメリカは装輪式で機動力に優れ、小型化・軽量化によって空輸性を高めたM142高機動ロケット砲システム、通称「HIMARS(ハイマース)」を登場させました。
それでも、「MLRS」はロシア=ウクライナ戦争でロシア軍の陣地や兵站を叩く役割を果たしているように決してお役御免になったわけではありません。
このように機動力では若干劣るものの、貴重な火力としてまだまだ使える装備なのですが、大規模な改編を実行する防衛省は「MLRS」が陳腐化したことを理由に2029年度までに退役させる意向です。
しかし、気になる後継については具体的に示されておらず、導入予定の長射程ミサイルや高速滑空弾で代替するつもりと思われます。
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