英仏の巡航ミサイル
ロシアと戦うウクライナに対して、西側諸国は多くの軍事支援を行い、それは「ジャベリン対戦車ミサイル」などの携行式火器に始まり、いまや防空ミサイル、主力戦車、戦闘機にまで広がりました。
これら供与兵器で戦果をあげると、「次」の軍事支援につながり、その規模や性能が格上げされる形ですが、ずっと求めてきたF-16戦闘機、長距離ミサイルはなかなか実現しませんでした。
これは戦争のエスカレートを恐れて、欧米側がロシアを刺激したくなかったからです。いわば、核を含むロシアの恫喝を受けて、NATO諸国(西側)が抑止されています。
ただ、同じNATO陣営でもイギリス、ポーランド、バルト3国は異なり、当初からウクライナ支援に前のめりでした。特にイギリスはチャレンジャー2戦車を渡すなど、画期的な戦車供与の流れを生み、本命のレオパルト2戦車につなげました。
そんなイギリスは長距離ミサイルについても、「ストーム・シャドウ」という空対地巡航ミサイルを提供しており、軍事支援の壁に大きな風穴を開けました。
- 基本性能:ストーム・シャドウ巡航ミサイル
| 重 量 | 1,300kg |
| 全 長 | 5.1m |
| 直 径 | 0.48m |
| 速 度 | マッハ0.95(時速1,100km) |
| 射 程 | 250km〜(最大550km以上) |
| 価 格 | 1発あたり約1.5億円 |
ストーム・シャドウは1990年代に英仏が共同開発で作り、航空機から発射する対地用の巡航ミサイルです。
低空飛行で敵の探知を避けながら、GPS誘導や赤外線画像で目標に向かい、弾頭は成形炸薬弾と徹甲榴弾を組み合わせました。その結果、かなり高い貫通効果を誇り、1段目だけで厚さ5mの鋼鉄を貫き、遅れて起動する2段目でトドメを刺します。
二重構造の弾頭は建物を崩壊に追い込み、水上艦船には致命的な損害を与えるなど、高威力の巡航ミサイルになりました。
イギリスではタイフーン戦闘機、フランスではラファール戦闘機などから放ち、イラク戦争や対イスラム国戦で使われてきました。
信頼性と実績に問題はないものの、最新のF-35戦闘機には搭載できず、同機に移行したイギリスでは余っている状態です。だからこそ、ウクライナに供与する余裕があったわけです。
攻撃範囲の飛躍的拡大
ウクライナの視点に立つと、長距離攻撃兵器を切望してきた以上、250km先を狙えるストーム・シャドウは「渡りに船」です。
ここで注意したいのが、射程250kmは「輸出版」の数値であって、イギリス本国仕様のは最大550kmとされています。どちらをウクライナに供与したのか、あるいは両方とも渡したかは不明ながらも、長距離打撃力が飛躍したのは間違いありません。
ストーム・シャドウ(出典:イギリス空軍)
では、ストーム・シャドウをどのように使い、どんな影響をもたらしたのか?
まず、前述の西側諸国の対ロシアの不安をふまえて、ロシア本国は攻撃しないとの約束を結び、ストーム・シャドウの供与が実現しました。
さらなる支援を引き出すうえで、このような約束を守らねばならず、あくまで被占領地域でのロシア軍をたたき、その戦果と運用能力を示しています。
HIMARSロケット砲の攻撃を受けて、ロシア軍の弾薬庫や司令部は後方に下がり、ストーム・シャドウの供与により、これら重要拠点を再び狙えるようになりました。また、前線から100km以上のクリミア半島に撃ち込み、黒海艦隊の司令部を攻撃したり、停泊中の揚陸艦や潜水艦の破壊に成功しています。
これまで射程外にいたロシア軍は逃げ場を失い、戦略的拠点のセヴァストポリ軍港も安全ではなくなり、黒海艦隊はクリミアから事実上撤退しました。
すなわち、黒海の制海権をあきらめたのみならず、2014年のクリミア併合すら無駄になりました。
黒海艦隊司令部への命中(出典:ウクライナ軍)
このような戦果をあげてきたなか、2024年11月にはロシア領に対する攻撃許可が降り、さっそく奥地にあった地下司令部を破壊しました。攻撃ではロシア兵に加えて、多くの北朝鮮兵も死傷したそうですが、アメリカのゴーサインに合わせた動きでした。
1年後にはさらなる制限解除が進み、2025年10月にはロシア本国の化学工場を狙い、爆薬とロケット燃料の生産に打撃を与えました。ロシアは無人機の攻撃こそ受けてきたものの、今後は巡航ミサイルも飛来してくるため、一定の心理的影響はありそうです。
しかし、ロシア領内を攻撃できるとはいえ、供与数そのものが少なく、戦局全体の逆転は難しいでしょう。あくまで弾薬庫、軍需工場などの重要拠点にしぼり、効果的に損害を与えるしかありません。


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