北欧が生んだ画期的な自走砲
北欧の国・スウェーデンといえば、2022年のロシアによるウクライナ侵略を受けてフィンランドとともに北大西洋条約機構(NATO)への加盟を決めたことが話題となりましたが、実は第二次世界大戦でも周辺国が次々と戦禍に巻き込まれるなかで中立を維持し、冷戦期も東西どちらの陣営にも属さない姿勢を貫きました。こうした長年の中立政策を支えたのが独自の高性能兵器ですが、その代表例とも言えるのが世界最速の射撃能力と高精度を誇る「アーチャー自走榴弾砲」です。
⚪︎基本性能:アーチャー自走榴弾砲
重 量 | 30t |
全 長 | 14.1m |
全 幅 | 3m |
全 高 | 3.9m |
乗 員 | 4名(最低2名でも可) |
速 度 | 通常:時速65km 最高:時速90km |
行動距離 | 650km |
兵 装 | ・52口径155mm榴弾砲×1 ・遠隔操作式12.7mm機関銃×1 |
射 程 | 通常弾:30km ベースブリード弾:40km GPS誘導砲弾:60km |
発射速度 | 毎分8〜9発 |
射 角 | 仰角:70度 俯角:-1度 左右:85度ずつ |
価 格 | 1両あたり約6億円 |
アーチャー自走榴弾砲はスウェーデンとノルウェーが1995年から2000年代にかけて共同開発したトラック型の自走榴弾砲であり、車体はあの有名なボルボグループのトラックを採用しました。このトラックの荷台に155mm榴弾砲を搭載していますが、装填から射撃に至るまでの一連の作業は自動装填装置の導入によって機械的に行われるため、乗員は防弾ガラスに守られた車内から砲を操作します。
このように砲塔の無人化によって毎分8〜9発という高速射撃性能を有しますが、この早撃ちに加えてGPS誘導弾を用いることで砲撃における「高速・長射程・精密」の3点を実現しました。精度の高さのみならず、敵の確実な破壊を狙うためにもアーチャー自走榴弾砲は同じ目標に対してあえて違う弾道で連続射撃することで最大6発の同時弾着を行うこともできます。

ここで気になるのが、連続射撃をするうえで欠かせない弾薬量についてですが、通常は約20発の砲弾が砲塔右側に収容されており、自動装填装置によって次々と装填されていきます。そのため、全力射撃をした場合はわずか2分半で撃ち尽くしてしまいますが、補給作業も機械化されているので給弾にも10分ほどしかかかりません。
ただ、いくら高速射撃が取り柄でも現代砲兵戦はすぐに位置が特定されるため、撃ってはすぐ陣地転換を行う「シュート・アンド・スクート能力」が求められます。実はアーチャー自走榴弾砲はこの分野でも秀でており、射撃準備と撤収にそれぞれかかる時間はたった30秒。したがって、迅速に展開して短時間で敵に砲弾を連続して撃ち込み、反撃を受ける前にとっとと逃げるのです。ちなみに、この射撃準備から撤収までのプロセスにおいて乗員は一切車外に出る必要がありません。
このようにアーチャー自走榴弾砲は「シュート・アンド・スクート」を行うための最適な兵器と言えますが、さらに特筆すべきはその「俊足」です。通常は時速65kmで運用されますが、いざという時は整地を時速90kmで駆け抜ける力を発揮するうえ、運用が想定される北欧の気候を考慮して1m程度の積雪を走破する能力もあります。
超高性能な割には売れていない?
さて、射撃性能と機動力において申し分ない実力を持つアーチャー自走榴弾砲ですが、運用しているのはスウェーデンのみという意外な事実があります。共に開発したノルウェーは当初24両の導入を予定していたものの、納入時間の関係で韓国製のK9自走榴弾砲に乗り換えました。また、クロアチア軍も購入に向けて話を進めていましたが、こちらは金額面でドイツのPzH2000自走榴弾砲を導入することになりました。
そのため、現在運用されているのはスウェーデン陸軍の48両だけであり、24両の追加購入によって将来的には72両まで増えるものの、他国への輸出という点では成果がありません。意外にも販売実績が振るわないアーチャー自走榴弾砲ですが、現時点では世界最高峰の自走砲であることに疑いはなく、2009年に登場した兵器でありながら総合的な評価では陸上自衛隊の19式装輪自走155mmりゅう弾砲さえを上回るでしょう。
そんなアーチャー自走榴弾砲はロシアによる一方的な侵略を受けているウクライナに対して12両が供与されることが決まり、同じくウクライナに提供されたHIMARS高機動ロケット砲やフランスのカエサル自走榴弾砲などの戦列に加わることになりました。西側諸国の兵器が入り乱れている戦線に投入されるわけですが、特に熾烈な砲兵戦が繰り広げられている地域では前述の「シュート・アンド・スクート」が勝敗を左右しているため、アーチャー自走榴弾砲の到着はウクライナ軍に大きな優位性をもたらします。
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