戦時経済体制への移行
最後はロシア経済についてみていきます。
多くの経済制裁を受けているにもかかわらず、ロシア経済はうまくやっている印象を受けます。
しかし、その実態は戦時経済体制であって、国の生産力をことごとく軍事分野にふり向けました。たとえば、すでに軍事費は対GDP比で7.5%まで上がり、国家予算の約2/3を占めるほどです。
当たり前ですが、こんな異常事態がいつまでも続くはずがなく、いずれは悲惨な結末とともに、その限界を迎えます。
とはいえ、戦時需要の急増にともない、軍需産業を中心に雇用改善が進み、それが民間企業での待遇改善にもつながりました。
軍需産業だけで開戦前より約150万人も雇用が増えたため、社会全体で労働力の奪い合いになり、結果的に賃金が伸びたわけです。こうした賃金増に加えて、出稼ぎ兵士からの仕送りで潤い、遺族は多額の戦死弔意金をもらえます。
このように戦争特需で好景気になっており、GDPもプラスに転じるなど、数値上はよくなっています。しかしながら、これはかつての日本も同じであって、その景気が一過性のものにすぎず、厳しい戦後が待っていることぐらい、歴史を勉強した者ならば分かるでしょう。
一方、いまのところ市民生活に大きな混乱・影響は見られず、撤退した西側企業はロシア・中国企業が穴埋めしました。もともと食料や資源は自前確保できるうえ、最先端分野を除く工業技術も自分たちで代替可能です。
しかも、制裁の抜け穴を利用すれば、iPhoneなどの西側製品も普通に手に入ります。
すなわち、西側の経済制裁はロシア側の戦争遂行能力を奪うにはいたらず、一般市民の生活もまだ余力がある状態です。
モスクワの高層ビル群(出典:Wikipedia)
では、ロシア経済は安泰なのか?それが、そうとは言えません。
ロシア政府は原油・天然ガスを輸出して外貨を稼いでおり、この収入を使って自国経済を回しています。西側の経済制裁を受けたとはいえ、買い手は他にいくらでもいるわけで、原油価格の高騰も収入維持に貢献しました。
この原油価格が下がれば、貴重な外貨収入が減るのみならず、外貨で買い支えてきた自国通貨のルーブルが暴落しかねません。そうなれば、猛烈なインフレに陥りやすく、1990年代のような暗黒時代になる可能性があります。
言いかえれば、いまのロシア経済は資源価格にその命運を委ねているわけです。
また、「現在」は資源価格でなんとかしのいでいますが、必ずやってくる「戦後」では新たな問題が浮上するでしょう。
経済を戦争に最適化させた戦時経済体制というのは、本質的には歪な構造であって、たいていは戦後にそのツケが回ってきます。
いまは目先の経済をなんとか回すべく、劇薬を用いて一時的なブーストを得ているにすぎず、いずれは平時体制に戻さないといけません。
ところが、戦争の勝敗がどうなろうとも、この戦時経済体制から上手く脱却するのは難しく、プーチン政権にまともな出口戦略があるかは疑問です。
雇用状況・待遇改善は一時的な効果にすぎず、国家としては少子高齢化で悩んでいたなか、余計な戦争を始めて貴重な生産人口を失いました。
意外かもしれませんが、あれだけの土地を持っていながら、ロシアの人口は1.44億人ほどです。言いかえれば、面積では日本の約45倍にもかかわらず、人口では約2,000万人しか変わりません。
これも、第二次世界大戦での異常すぎる損害、ソ連崩壊後の苦境による影響ですが、ウクライナ侵攻は人口ピラミッドの構成をさらに悪化させます。
本来は人口再生産を担うべき若年層を、ウクライナの戦地で大量に失い、どのような戦争結果になろうとも、国家としての衰退に拍車をかけました。
このように戦争で生産人口が減り、もともと資本力と産業技術力で劣るとなれば、そのハードルはさらに高くなります。
加えて、ロシアは撤退した西側企業の資本を勝手に接収するなど、今回の戦争で信用を失いました。悪さをしたあげく、借金をふみ倒した前科者に誰がお金を貸すでしょうか?
こうしたリスクをふまえると、戦後ロシアに再投資を呼び込むには、完全に生まれかわったと説得できない限りは難しいでしょう。おそらく中華企業の草刈り場になるのが関の山です。このあたりは完全に自分の撒いたタネなので、仕方ありませんが。
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