エリートを育てる特別教育
日頃から訓練と体力錬成に取り組み、最も「ザ・軍隊」に近い陸上自衛隊には「レンジャー」と呼ばれる特別な資格が存在します。
これは山中でサバイバル生活を送りながら潜入や破壊工作を行うための資格で、レンジャー課程という教育訓練コースを卒業して初めて獲得できるものです。
この課程は自衛隊創設まもない1950年代にアメリカ陸軍のレンジャー課程を参考に作られ、一般隊員よりも高い戦闘能力、肉体的・精神的な強靭性を有する兵士を目指します。
一般的には山でサバイバル訓練をするイメージが強いレンジャー課程ですが、ほかにも複数のコースが存在します(後述)。
まず、一般的なレンジャー訓練である「部隊集合教育」について説明すると、これは各師団内の連隊が毎年持ち回りで実施する訓練で、隊員は自ら志願して上官に推薦された後、学力試験・体力検定・健康診断をパスしなければなりません。
ところが、レンジャー隊員を育てる特別プログラムは、基本的には30名規模の少人数教育になっていて、各試験における上位者しか選ばれません。よって、まずは体力検定で足切りを食らう者が多く、本当に目指すならば部隊トップクラスの体力が必須です。
ちなみに、現時点では女性隊員は対象外になっていますが、第1空挺団でも初の女性隊員が誕生するなど防衛省全体で女性自衛官の活躍が推進されているなか、女性レンジャーが誕生するのも時間の問題でしょう。
過酷、超多忙、理不尽の日々
晴れて入門テストに合格した者は、約3ヶ月にわたって体力・精神の限界に挑む「地獄の日々」を過ごします。これは決して大げさな表現ではなく、他の自衛官ですら引くレベルの過酷さ、多忙さ、そして理不尽さが待ち構えているのです。
この期間中は気を抜ける時はなく、食事や睡眠ですらまともに取れる状況ではありません。いつ教官から命令が飛んでくるか分からず、どんな命令に対しても大声で「レンジャー!」と叫んで絶対服従せねばなりません。
まさに現代社会からみればパワパラにしか思えない理不尽さですが、そもそもレンジャーとは誰もが逃げ出すような状況でも、与えられた任務をこなす特務兵なのです。
もちろん、教官たちもあえて「鬼」を演じながら安全第一で訓練を進めますが、その過酷さは過去に死亡事故が起きているほど。このように受ける側も、受けさせる側も気を付けないと本当に死んでしまうのがレンジャー訓練なのです。
最初の「基礎訓練期間」では高所から飛び降りたり、ひたすら懸垂や腕立て伏せ、10マイル持久走(16km)を実施して胆力と体力を鍛えます。
その後、山地での戦闘やサバイバルに必要な知識を身に付けますが、ここであの有名な「生きたヘビを捌いて食べる訓練」が登場します(ニワトリの場合も)。
ヘビそのものは教官が用意してくれて、その味は淡白で美味しいと評判です。もちろん、これはいざという時に食べられる野生の動植物をきちんと把握するのが狙いです。
山中を行軍する訓練生(出典:陸上自衛隊)
メディアでもよく取り上げられるこの山中でのサバイバル訓練では、ほかにも以下のようなメニューを実施します。
・ヘリからの降下、ゴムボートを使った潜入
・敵に対する待ち伏せ攻撃
・敵の補給線や指揮所への潜入破壊活動
・橋梁・トンネル爆破などの後方撹乱
・捕虜の獲得を目指す襲撃、捕虜となった味方の奪還
・敵地でのパルチザン活動
こうした訓練によってレンジャー候補生は少数、極端にいえば「最後の一兵」になってもゲリラ戦を行うための技能を修得します。
集大成となる最終訓練は、数日間にわたって不眠不休で実施され、隊員のほとんどが極限状態に追い込まれます。この間は食事も睡眠もロクにとれず、意識が遠のくなか、わずかに残った気力だけで任務を達成しなければなりません。
この最後の関門を乗り越えると、家族と多くの同僚が出迎える駐屯地に帰還して、レンジャー徽章(バッジ)を授与する帰還式が行われます。
選ばれた者、地獄を耐え抜けた者しかもらえないこのバッジこそ、レンジャー隊員の誇りであり、不撓不屈の精神・肉体を表すダイヤモンドと勝利を象徴する月桂樹の葉っぱというデザインが特徴的です。
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