不敗神話を持つ陸自の「アグレッサー」
陸上自衛隊の各部隊は日々の訓練を通じて技量を鍛えていますが、自分たちの部隊内だけで訓練しても能力向上に限界があり、いわゆるマンネリ化が否めません。そこで、余所の部隊と手合わせをすることで変化に富んだ訓練ができるわけですが、特に実戦に近い本格的な訓練を味わえることで有名なのが「FTC訓練」と呼ばれるものです。
「FTC」とは富士トレーニングセンターの略であり、山梨県の北富士駐屯地にある訓練支援部隊とその関連施設のことを指しますが、ここでは広い演習場と「バトラー」と呼ばれる交戦訓練機材を使った模擬戦闘が繰り広げられます。このバトラーとは実弾の代わりにレーザー光線を使う機材システムであり、小銃や戦車砲にはレーザー発射機を、隊員や車両には感知器を取り付けることで瞬時に命中判定を下すことができます。
このバトラーのおかげで従来のような空砲やBB弾よりもはるかに正確かつ厳正な判定が可能となり、かなり実戦に近い模擬戦闘を行えるようになりました。その効果はバトラーでの模擬戦闘を初めて体験した部隊の感想として「今までの訓練は一体何だったのか」というのが残っているほど。
さらに、バトラーシステムを使えば、司令部でリアルタイムに味方の位置と損害を把握できるため、指揮官側が現場を把握する訓練にも使えるうえ、模擬戦闘の正確なデータを記録することが可能となりました。従来の判定基準と比べて、厳格な自動判定を使って戦死者や負傷者が容赦なく記録されるため、指揮官側もかなりのショックを受けるそうです。

そして、これらバトラーを使った模擬戦闘で敵役のアグレッサーを演じるのが「部隊評価訓練隊」です。むろん、全国からやってくる部隊の訓練で敵役を担うわけですから、隊員は精鋭中の精鋭が集められており、90式戦車や74式戦車などの重装備も配備されています。さらに、対決の場となる演習場はいわば自分たちの「ホーム」であり、その隅々まで知り尽くしているアドバンテージもあります。
敵役を演じることで訓練相手を鍛えるアグレッサーとしては、航空自衛隊の最強パイロットが集う飛行教導群が有名ですが、部隊評価訓練隊はその陸上自衛隊普通科版と思っていいでしょう。
この挑戦者を鍛える側であるということや地の利がある点から部隊評価訓練隊は発足以来20年間にわたって負けたことがないという「不敗神話」を持っており、あの第1空挺団ですら勝てなかったそうです。他の部隊が自信満々で送り出したチームが文字通り「瞬殺」されたという話が多々あるなど、同部隊は陸自内でも「チート」と評されるほどの精強さを誇っていました。

ところが、この無敗の部隊評価訓練隊が遂に敗れる日が2019年11月にやってきました。相手は弘前駐屯地の第39普通科連隊であり、FTC訓練で史上初めての総合的な勝利を獲得しました。
実はこの第39普通科連隊は以前のFTC訓練で部隊評価訓練隊に瞬殺された苦い経験をしており、雪辱を果たすためにひたすら研究と訓練を重ねてきた結果、部隊評価訓練隊の隊長に「事実上の敗北」と言わしめる快挙を成し遂げました。
ここで重要なのは、部隊評価訓練隊を相手にするFTC訓練がより実戦に近い模擬戦闘を経て、全国各地の部隊に成長のための挫折と能力向上のきっかけを与えている点です。各部隊が自分たちが普段行なっている訓練とのギャップを感じることで、より現実に即した訓練とそれを通じた練度向上につなげることが期待されます。
各地に存在する類似部隊
さて、今までは北富士駐屯地にあるアグレッサー部隊について述べてきましたが、似たような役割を持つ部隊が全国にあります。
その一つが「訓練評価支援隊」であり、北千歳駐屯地の教育訓練研究本部に属する部隊です。北海道トレーニングセンターの略称から「HTC」とも呼ばれるこの部隊は、FTCの部隊評価訓練隊と同じように模擬戦闘での敵役を演じたり、各種機材を用いた訓練評価を行います。
さらに、5つの方面隊(北部、東北、東部、中部、西部)にもそれぞれ「方面指揮所訓練支援隊」が設けられており、同様に模擬戦闘の支援を行いますが、精強さでは全国からの選りすぐりが揃えられたFTCの部隊には敵わないそうです。
確かに、北海道のように広大な演習場を有し、陸自部隊も多く配備されている地域には独自のアグレッサー隊がいた方が便利であり、FTC訓練の受入れにも限界があることを考えれば、各方面隊にもアグレッサー役がいた方がいいでしょう。まずは、方面隊レベルで鍛え上げられ、満を持してFTC訓練に臨んだところで改めて挫折を味わい、さらなる成長を目指す糧を与える。これが「最強無敗」と称されるFTC部隊評価訓練隊の存在意義と言えるでしょう。
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