空輸性を目指した新型戦闘車
アメリカは長らく「世界の警察官」を担い、世界中にすばやく戦力を展開すべく、「旅団戦闘団(約4,500人)」という部隊を編成していました。
ストライカー旅団戦闘団が有名ですが、これは緊急対応する陸軍の即応部隊であって、96時間以内にどこにでも駆けつけられます。
しかし、歩兵中心の展開になることから、空輸可能な「M777榴弾砲」を除けば、重火器が不足している状況です。M777は優れた火砲であるほか、ウクライナにも多数供与されたとはいえ、現代砲兵戦では損害も目立ち、米軍内では高機動な新型火砲を求める声が相次ぎました。
そこで、軽戦車とも評される「M10ブッカー」が誕生しました。
「MPF(Mobile Protected Firepower:機動防護火力)」という概念の下、イラク戦争・第二次世界大戦で亡くなった兵士にちなんで、「ブッカー(Booker)」と命名されました。
- 基本性能:M10ブッカー
重 量 | 42t |
乗 員 | 4名 |
速 度 | 時速64km |
兵 装 | 105mm砲×1 12.7mm機関銃×1 7.62mm機関銃×1 |
価 格 | 1両あたり約15億円 |
M10ブッカーは砲塔とキャタピラを持ち、その見た目は軽戦車でしかありません。
ところが、米軍的には高火力な「装甲戦闘車両」にすぎず、軽戦車ではないという見解です。
その役割は戦車との交戦ではなく、敵陣制圧や軽装甲車両への攻撃を行い、歩兵部隊を援護することです。つまり、コンセプト的には陸上自衛隊の16式機動戦闘車に近いといえます。
軽戦車ではない(出典:アメリカ陸軍)
単純な火力勝負になれば、105mm砲はM777榴弾砲(155mm)に劣るとはいえ、高性能センサーと赤外線暗視装置、M1エイブラムス戦車と同じ射撃管制システムを使うため、より正確な探知と高い命中率が期待されています。
なお、防護面では対戦車ミサイルや自爆ドローン、即席爆弾(IED)想定しており、乗員保護と生存性の向上に力を入れました。
戦車と歩兵戦闘車の間を埋める
なにやら中途半端にも思えますが、実際は戦車と歩兵戦闘車の火力差を埋めるべく、わざわざ開発された存在といえます。
歩兵部隊には火力支援が欠かせませんが、あくまで戦車の主任務は対戦車戦・敵陣突破であって、そこまで使い勝手はよくありません。一方、歩兵戦闘車は火力支援に向いていながら、火力と装甲防護力が足りないときがあります。
このギャップを埋める効果的な火力として、M10が開発されたわけです。
重すぎて調達中止に
そんなM10は2024年に調達が始まり、最終的には500両以上を取得予定でした。
ところが、試験運用中に重大な欠点が判明しました。
装甲戦闘車にしては「重すぎた」のです。
M777榴弾砲と比べた場合、自走式のM10は機動展開力で上回り、移動できる火砲としては使えます。
ただ、その車体は40トン以上と決して軽量ではなく、結局は空中投下できないなど、本来の空輸性を実現できていません。エイブラムス戦車より軽いとはいえ、空中投下には重すぎると分かり、いきなり運用計画でつまずいた形です。
また、C-17輸送機で同時に2両を運び、中型のC-130輸送機でも空輸できるはずでした。しかし、実際に試してみると、C-17には1両しか載らず、C-130では空輸不可と判定されました。
こうなると、通常のエイブラムス戦車、あるいはストライカーMGSでよくなり、あえてM10を使う理由がなくなります。
しかも、陸軍基地で試験運用をしたとき、そもそも展開可能な地形が少なく、通行できる橋梁も限られるなど、いろんな弱点を露呈しました。もはやセールス・ポイントを失い、戦車よりは火力・装甲が弱く、兵員輸送力もない中途半端な車両に終わりました。
中途半端な存在に?(出典:アメリカ陸軍)
結局のところ、微妙な軽戦車ができただけですが、米陸軍内でも問題視されており、むしろ部隊の総合機動力を削ぐことから、2025年に調達中止になりました。
近年のアメリカは装備開発で迷走が多く、続々と新兵器を投入する中国とは対照的ですが、今回のM10ブッカーに限っていえば、開発・生産能力の問題ではなく、意思決定プロセスに原因があります。
コンセプトそのものは悪くはなく、珍しく納期を守ったにもかかわらず、陸軍上層部の惰性で開発が進み、現場で使いづらい兵器を生み出しました。これはプロジェクトの管理・遂行能力の低さ、あるいは官僚機構の弊害がもたらした欠陥です。

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