海を知り尽くした者が勝利する
地球表面の7割を占める海は21世紀の現在でも未知な部分が多く、宇宙と並ぶフロンティアとも言われます。そのため、海底の地形や深海の生態系を調べる海洋調査が必要ですが、これらの活動は海底資源の開発以外にも軍事目的が含まれています。それは潜水艦を巡る戦いで極めて重要となる各海域の特性を把握することです。例えば、潜水艦とそれを狩る側の対潜活動は、現場海域の地形や潮流などに影響されるため、事前に当該海域の特性を知っておく必要があります。そして、これら海域の特性を把握する上で欠かせないのが「海洋観測艦」です。

海上自衛隊は海洋観測艦を長年運用してきた歴史を持ちますが、潜水艦の静粛性向上に伴って海洋観測の重要性がより一層高まりました。対潜活動においては前出の地形と潮流以外にも、海水温、塩分濃度、地磁気が探知の成否を左右することがあります。潜水艦の探知は「音」を使って攻防が行われますが、その肝心の音の伝わり方が海中の状況によって変わってくるのです。
他にも、「機雷戦」は海流や地磁気に大きく影響されるため、機雷の適切な処分及び敷設を行うにはやはり海中の状況をきちんと把握しておかねばならず、海洋観測艦のもたらす情報が貴重と言えます。
それぞれ異なる3隻の海洋観測艦
⚪︎基本性能:海洋観測艦「わかさ」「にちなん」「しょうなん」
わかさ | にちなん | しょうなん | |
排水量 (基準) | 2,050t | 3,300t | 2,950t |
全 長 | 97m | 111m | 103m |
全 幅 | 15m | 17m | 16.4m |
乗 員 | 95名 | 80名 | 80名 |
速 力 | 最大15ノット | 最大20ノット (時速km) | 最大16ノット (時速km) |
装 備 | 海洋観測装置 音響観測装置 11m作業艇×1 無人潜水艇×1 | 海洋観測装置 音響観測装置 11m作業艇×1 無人潜水艇×1 | 海洋観測装置 音響観測装置 11m作業艇×1 |
就 役 | 1986年 | 1999年 | 2010年 |
価 格 | 約300億円 | 約328億円 | 約118億円 |
現在、海自は海洋観測艦として「わかさ」「にちなん」「しょうなん」の3隻を運用していますが、海洋進出を強める中国が沖ノ鳥島や小笠原諸島の海域にも出没する中にあっては、これら艦船の価値がますます高まっています。
最も古い「わかさ」は「ふたみ型」海洋観測艦の2番艦として1986年に就役し、2015年に10年間の延命改修が決まった艦でもあります。海洋観測艦に欠かせない水温、潮流、塩分濃度、磁気などを観測する装置と集めたデータを分析・記録する専用部屋が整備されており、浅海で観測するための11m作業艇も搭載されています。また、深度400mで作業を行える無人潜水艇も搭載していますが、こちらは海底掘削や観測機器のケーブル補修に用いるそうです。
1999年に登場した「にちなん」は音響測定への影響を減らすために、海洋観測艦として初めて海中抵抗力を軽減する「バルバス・バウ」を採用しており、観測時は停止することが多いので艦を安定させる装置も備えています。もちろん、「にちなん」も観測装置とデータ分析装置が完備されている上、女性自衛官の乗艦も考慮した設計になっています。
一方、2010年就役の最新艦「しょうなん」はコスト削減を意識した設計になっており、海洋及び音響観測装置と分析設備は一式持っているものの、無人潜水艇は搭載していません。ただ、海洋観測艦としての能力が他の2隻と比べて特段劣っているわけではなく、あくまで「費用対効果」で考えた結果です。

さて、3隻のうち最も古い「わかさ」は艦齢延伸が実施されたものの、近い将来に退役する予定であり、後継艦が新造されると思われます。増勢著しい中国海軍と対峙する海自は予算と人員の面で苦しんでおり、海洋観測艦は護衛艦や潜水艦と比べると優先度は低いと言えます。
確かに、海自の海洋観測艦が行う活動は民間の海洋観測船でも出来る部分もあります。しかし、軍事に特化した情報収集と分析は長年にわたってこの分野を研究してきた海自にしか出来ない点が多く、戦闘の勝敗を分ける海洋情報は当然ながら軍事機密です。
したがって、潜水艦活動に欠かせない詳細な地形情報などの軍事機密を民間に任せるわけにいかず、ローテーションを考慮した3隻体制を維持するためにも「わかさ」の後継を新規建造すると思われます。
専守防衛の日本は自国周辺の海域で戦うため、日頃から詳細に集めた海洋情報に精通しているという「地の利」があります。しかし、まだまだ未知の部分も多く、海底火山活動や海流の変化などによって状況は変化します。そのため、自国の海域という優位性を確保するためには海洋観測を常時行い、中国よりも事細かに把握しておく必要があります。海の中における「地の利」を維持しているのは影でコツコツ情報収集している海洋観測艦なのです。
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