HIMARSで使う長距離ミサイル
ロシア=ウクライナ戦争で有名になったHIMARS高機動ロケット砲ですが、通常のロケット弾以外にも、「ATACMS(エイタクムス)」という戦術弾道ミサイルが使えます。
アメリカもウクライナにHIMARSは提供しながらも、ロシア領を攻撃できるATACMSの供与は渋り、その運用に大きな制約をかけました。
戦局さえ変えられると期待されましたが、一体どんなミサイルなのでしょうか?
- 基本情報:MGM-140 ATACMS(最新型)
重 量 | 1,670kg |
全 長 | 4.0m |
直 径 | 0.61m |
速 度 | マッハ3.0(時速) |
射 程 | 最大300km |
価 格 | 1発あたり約1億円 |
まず、ATACMSとは「陸軍戦術ミサイルシステム」の略称であって、1991年に登場した地対地ミサイルです。その長射程を活かして、敵の指揮所や通信施設、補給拠点を狙い、指揮系統や兵站線を混乱に陥れられます。
前述のHIMARS、多連装ロケットシステム「MLRS」で使い、すばやい展開と撤収による一撃離脱戦法が可能なため、現代砲兵戦に適した火砲になりました。
また、ATACMSが入った発射コンテナは通常弾と変わらず、外見だけではなかなか区別できません。したがって、敵の偵察に見つかっても、実際の攻撃範囲は隠匿できます。
ウクライナにも供与したが
そんなATACMSの導入により、アメリカ陸軍は長距離攻撃能力を確保したわけですが、配備直後に起きた湾岸戦争では、さっそく30発以上を使いました。2003年のイラク戦争でも約450発を発射しており、陸軍の貴重な長距離攻撃兵器になりました。
しかしながら、その後はコスト・オーバーで生産中止になり、いまは在庫に頼っている状況です。
これら在庫品は射程を伸ばしたり、GPS誘導機能を追加するなど、近代化改修を行ったところ、最新型(M57E1)は約300km先の目標に対して精密攻撃できます。
ただし、在庫に限りがある点は変わらず、その後継として射程500km以上の次世代対地ミサイル「PrSM」が開発されました。
ATACMSミサイル(出典:アメリカ陸軍)
海外に目を移せば、韓国やポーランド、バーレーンなど8カ国が購入したほか、今後もオーストラリア、エストニア、リトアニア、そして台湾が導入予定です。
これら輸出は在庫処分の意味もあるとはいえ、すでにHIMARSやMLRSを導入している場合、てっとり早く長距離攻撃能力を手に入れられます。
ちなみに、日本も陸上自衛隊のMLRSで使えるものの、そのMLRS自体を廃止することから、ATACMSを導入するつもりはありません。島嶼防衛で使うにはATACMSは射程が足りず、より長射程のトマホーク巡航ミサイルや開発中の高速滑空弾の方が適任というわけです。
一方、ウクライナは優勢なロシア軍と戦う以上、かなり早い段階からATACMSを熱望してましたが、実際にアメリカが供与したのは2023年9月でした。
少数供与にもかかわらず、ロシア占領下の飛行場を攻撃したり、貴重な防空システムを破壊するなど、クリミア半島のロシア軍に脅威を与えました。
それ以前もストーム・シャドウ巡航ミサイルを使いながら、ロシア軍を遠距離攻撃していましたが、ATACMSの到着を受けて、その攻撃範囲は大きく広がりました。
戦線後方のロシア領まで手が届き、2024年11月にようやくアメリカの許可が降りた結果、いきなりロシア本土の弾薬庫を吹き飛ばす戦果をあげています。
アメリカの制約解除によって、ロシア領ですら安全圏ではなくなり、心理的効果が期待できるなか、どこまで戦局に影響するかは不明です。
すでにロシア領への攻撃はドローンが行い、ATACMS自体の供与数を考えれば、戦況が劇的に変わるとは思えません。ロシア軍もATACMSの動きに合わせて、重要拠点をさらに下げるなど、それなりの対策は講じており、この先もウクライナの苦戦は続きそうです。
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